平中物語 ====== 第15段 またこの男久しうもの言ひわたる人ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== また、この男、久しう((底本「ひさうし」))もの言ひわたる人ありけり。「ほど経ぬるを、みづから行かむ」といへば、返り事に、女。   会ふことの遠江(とほたあふみ)なるわれなれば勿来(なこそ)の関も道の間ぞなき 男、返し。   勿来(なこそ)てふ関をばすゑで会ふことを近江(ちかたふみ)にも君はなさなむ かう言へど、この女、さらに会はず。上衆(じやうず)めきければ、男、言ひわびて、ものも言はざりぬれば、いかが思ひけむ、女、言ひたり。   思ひあつみ袖こがらしの森なれや頼む言の葉もろく散るらむ 返し。   君恋ふとわれこそ胸はこがらしの森ともわぶれ陰(かげ)となりつつ ===== 翻刻 ===== とよみけりいまかたへの人々もよみけりまた/20ウ このおとこひさうしものいひわたる人あり けりほとへぬるを身つからいかむといへはかへりこ とに女 あふことのとおたあふみなる我なれは なこそのせきもみちのまそなき をとこかへし なこそてふせきをはすへてあふこと おちかたう身にもきみはなさなん かういえとこの女さらにあはす上すめきけれは おとこいひわひてものもいはさりぬれはいかか 思ひけん女いひたり/21オ おもひあつみそてこからしのもりなれ やたのんことの葉もろくちるらん かへし きみこふとわれこそむねはこからしのも りともわふれかけとなりつつ/21ウ