平中物語 ====== 第7段 さてこの男志賀寺に詣でて二月に行ひけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== さて、この男、志賀寺((底本「しかま」))に詣でて、二月に行ひけり。 かかるに、この男の局(つぼね)の前に、女ども、立ちさまよひけり。かかるに、この男、なほしも見で、「など、かくはさまよひ給ふ」と言へば、「夜更けにければ、局もなくてなむ、寄るべもなくてある」と言へば、「さらば、ここにやは宿り給はぬ」と言はせければ、「何の良きこと」と集まり来て、ただ、いささかなる物を隔てて、そこの男は居りける。 さて、ものなど言ふに、夜明けにけり。女ども、みな出でにければ、隠れ居たる所に、この男、かく言ひやる。   むら鳥の騒ぎ立ちぬるこなたより雲の空をぞ見つつながむる とある返し、女。   はかなくて騒ぎ立ちぬるむら鳥は飛び帰るべき巣をぞ求むる 男、返し、   巣を分きてわが待つものを飛ぶ鳥の何か行く方をさらに求むる と言ひて、「いな、言ひ初めじ。うるさし」とて逃げにけり。されば、男もたづねで、やみにけり。 また、異局(ことつぼね)に、人いとあまた見ゆるを、え忍ばで言ひやる。雪のかき暗し降る日にぞありける。   春山の嵐の風に朝またき散りてまがふは花か雪かも とあれど、返り事はせず。また、男。   問ひければ答へける名をさざ波の長等の山の((底本「なからやまの」))山彦もせぬ 今度(こたみ)は返ししたり。   さざ波の長等の山の山彦は問へど答へず主(ぬし)しなければ ことなることなき人の、いと上衆(じやうず)めかしければ、ものも言はでやみにけり。 ===== 翻刻 ===== とそくちあそひにいひけるさてこの おとこしかまにまうてて二月におこなひ けりかかるにこのおとこのつほねのまへ に女とんたちさまよひけりかかるにこの おとこなをしも見てなとかくはさまよ ひたまふといへは夜ふけにけれはつほねも なくてなんよるへもなくてあるといへはさら はここにやはやとりたまはぬといはせけれは なにのよきこととあつまりきてたたいささか/12オ なるものおへたててそこのおとこはをり けるさてものなといふに夜あけにけり 女ともみないてにけれはかくれゐたると ころにこの男かくいひやる むらとりのさわきたちぬるこなたよ りくものそらをそ見つつなかむる とあるかへし女 はかなくてさわきたちぬるむらとりは とひかへるへきすをそもとんる おとこかへし すをわきてわかまつものをとふとりの/12ウ なにかゆくゑをさらにもとんる といひていないひそめしうるさしと てにけにけりされは男もたつねてやみ にけり又ことつほねに人いとあまたみゆるを えしのはていひやるゆきのかきくらしふ るひにそありける 春山のあらしの風にあさまたきちり てまかふははなかゆきかも とあれとかへりことはせす又おとこ とひけれはこたへけるなをささなみの なからやまのやまひこもせぬ/13オ こたみはかへししたり ささなみのなからのやまの山ひこは とへとこたへすぬししなけれは ことなることなき人のいと上すめかしけ れはものもいはてやみにけり又この男/13ウ