[[index.html|古今著聞集]] 魚虫禽獣第三十 ====== 711 遠江守朝時朝臣のもとに五代民部丞といふ者ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 遠江守朝時朝臣((北条朝時))のもとに、五代民部丞といふ者ありけり。件(くだん)の民部丞、青毛なる犬の小さきを飼ひけり。この犬、十五日・十八日・二十七日、月に三度はいかにも魚鳥の類を食はざりけり。人怪しみて、わざとくくめ((「くくめ」は底本「くめ」。諸本により訂正。))けれども、なほ食はざりけり。 「十五日・十八日、阿弥陀・観音の縁日なれば、畜生なれども心あれば、さもありぬべし。二十七日は、何ゆゑにかくはあるにか」とおぼつかなし。これをよくよく案ずれば、この犬のいまだ幼なかりけるを、かの民部丞が子息の小童飼ひたてて、そのかみ失せにけり。かの月忌(ぐわつき)二十七日にてありけるを、忘れずして、かかりけるにや。あはれに不思議なることなり。仏菩薩の縁日ならびに主君の月忌を忘れず、恩を報ずること、人倫の中にもありがたきことにて侍るに、いふかひなき犬畜生のかくしけんこと、ありがたきことなり。 また、越中国宮崎郡に左衛門尉平行政といふ者の、まだらなる犬を飼ひけるが、月の十五日には必ず断食をなんしける。魚鳥の類に限らず、すべて物を食はざりける。これも阿弥陀仏の悲願を報じ奉るゆゑにや。不思議にありがたきことなり。 ===== 翻刻 ===== 遠江守朝時朝臣のもとに五代民部丞といふものあり けり件の民部丞あを毛なる犬のちいさきをかひ けりこの犬十五日十八日廿七日月に三度はいかにも魚 鳥の類をくはさりけり人あやしみてわさとくめ けれともなをくはさりけり十五日十八日阿弥陀観 音の縁日なれは畜生なれとも心あれはさもありぬ へし廿七日はなにゆへにかくはあるにかとおほつかなし これをよくよくあむすれはこの犬のいまたをさなかりける を彼民部丞か子息の小童かひたててそのかみうせ にけり彼月忌廿七日にてありけるをわすれす/s552l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/552 してかかりけるにやあはれにふしきなる事也仏 菩薩縁日并主君の月忌をわすれす恩を報 する事人倫のなかにもありかたき事にて侍に いふかひなき犬畜生のかくしけん事ありかたきこと なり又越中国宮崎郡に左衛門尉平行政と いふもののまたらなる犬をかひけるか月の十五日には 必断食をなんしける魚鳥の類にかきらすすへ て物をくはさりけるこれも阿弥陀仏の悲願を報し たてまつるゆへにやふしきにありかたき事也/s553r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/553