[[index.html|古今著聞集]] 魚虫禽獣第三十 ====== 694 摂津国ふきやといふ所に下女ありけり夏昼寝したりけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 摂津国ふきやといふ所に、下女ありけり。夏、昼寝したりけるに、家の垂木(たるき)に大きなる蛇(くちなは)まとひつきてありけり。この女の上にて、尾をば垂木にまとひて、頭を下げて落ちかからんとしけるが、また引き返し引き返しすることたびたびになりにけり。 夫、「不思議のやうかな」と思ひて、「ことのやう見はてん」と思ひて、追ひも退(の)けずして、隠れよりのぞきゐたり。かくたびたびしけれども、いかにも落ちかからざりければ、あやしくて女を寄りて見れば、帷(かたびら)の胸に大きなる針を刺したりけるが、きらきらとして見えけり。「もし、これに恐るるか」と思ひて、針を抜きて、またもとの所にて見るに、やがて蛇落ちかかりにけり。その時寄りて、うち放ちつ。 すなはち女おどろきて語りけるは、「夢にもあらず、うつつにもあらで、美しき男の来て、われを懸想(けさう)しつるを、なんぢ来て、追ひ妨げつるなり」とぞ言ひける。 されば、人の身には、鉄のたぐひをば必ず持つべきなり。わづかなる針にだに毒虫恐れをなすことかかり。いはんや太刀においてをや。必ず武勇を立てずとも、守りのために持つべきことなり。 ===== 翻刻 ===== 摂津国ふきやといふ所に下女ありけり夏ひるねした りけるに家のたるきに大なるくちなはまとひつき てありけり此女のうへにて尾をはたるきにまと ひて頭をさけて落かからんとしけるか又ひきひか へしひきかへしする事たひたひになりにけり夫ふしきの やうかなとおもひてことのやう見はてんと思て追も のけすしてかくれよりのそき居たりかくたひたひし けれともいかにも落かからさりけれはあやしくて女を/s541l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/541 よりてみれはかたひらのむねに大なる針をさしたり けるかきらきらとしてみえけりもしこれに恐るるかと 思て針をぬきて又もとの所にてみるにやかてくち なはおちかかりにけり其時よりてうちはなちつ すなはち女おとろきてかたりけるは夢にもあら すうつつにもあらてうつくしき男のきてわれを けさうしつるをなんちきてをひさまたけつるなり とそいひけるされは人の身には鉄のたくひをは必 もつへきなりわつかなる針にたに毒虫おそれ をなすことかかりいはんや太刀においてをやかなら す武勇をたてすともまもりのためにもつへ/s542r き事也/s542l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/542