[[index.html|古今著聞集]] 飲食第二十八 ====== 644 三条中納言は人にすぐれたる大食にてぞありける・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 三条中納言(某卿)((藤原朝成。[[:text:yomeiuji:uji094|『宇治拾遺物語』94]]参照。))は、人にすぐれたる大食にてぞありける。さるにつけては、おびたたしく肥え太りて、夏などになりぬれば苦しくせられけり。 六月のころ、医師(くすし)(([[:text:yomeiuji:uji094|『宇治拾遺物語』94]]では「医師重秀」。))を呼びて、「かく身の苦しきをば、いかが療治(れうぢ)すべき」など言ひて、物食ふやうをも詳しく語りければ、医師うちうなづきて申しけるは、「いかにもこの御肥満、そのゆゑにてぞ候ふらむ。良薬もあまた候へども、まづ朝夕の御飯を日ごろよりは少ししじめられ候ひて、今日明日は暑くも候へば、水飯漬けを時々参り候ひて、御身の内をすかされ候へかし((「かし」は底本「めし」。諸本により訂正。))と、はからひければ、「げにも、さやうにこそせめ」とて、医師は帰りにけり。 さてある時、「水飯食ふやう見せむ」とて、かの医師をまた呼びたりければ、来たりてけり。まづ銀の鉢の口一尺五・六寸ばかりなるに、水飯をうづだかに盛りて、同じき匙(かひ)をさして、青侍一人重げに持ちて前に置きたり。また、一人鮎の鮨といふ物を五・六十ばかり、尾頭おして、それも銀の鉢に盛りて置きたり。いづれも、「あなおびたたしや。われにも饗応せむずる料やらん」と医師は思ひけるほどに、また青侍一人、高坏(たかつき)に大きなる銀器二つすゑて、中納言の前に置く。 この二つの器に水飯を入れて、鮨をさながら前へ押しやりたれば、この水飯を二かきばかり口へかき入れて、鮨を一・二づつ一口に食ひてけり。かくすること七・八度になりぬれば、鉢なりつる水飯も、鮎の鮨もみなになりにけり。 医師、これを見て、「水飯もかやうに参り候はむには」とばかり言ひて、やがて逃げ出でにけるとかや。 ===== 翻刻 ===== 三条中納言(某卿)は人にすくれたる大食にてそありける さるにつけてはをひたたしくこへふとりて夏なとに なりぬれはくるしくせられけり六月のころ医師をよ ひてかく身のくるしきをはいかか療治すへきなとい ひて物くうやうをもくはしくかたりけれは医師うち うなつきて申けるはいかにもこの御肥満その故 にてそ候らむ良薬もあまた候へともまつ朝夕の御飯 を日来よりはすこしししめられ候てけふあすはあつ くも候へは水飯つけを時々まいり候て御身のうちを/s500l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/500 すかされ候へめしとはからひけれはけにもさやうにこそせ めとて医師は帰にけりさてある時水飯くうやう 見せむとてかの医師を又よひたりけれは来てけり まつ銀の鉢の口一尺五六寸はかりなるに水飯をう つたかにもりておなしきかいをさして青侍一人をも けにもちてまへにをきたり又一人鮎のすしといふ 物を五六十はかりをかしらをしてそれも銀の鉢にも りてをきたりいつれもあなをひたたしやわれにも 饗応せむする料やらんと医師はおもひけるほとに 又青侍一人たかつきに大なる銀器二すへて中納言 の前にをくこの二の器に水飯を入てすしをさなから/s501r まへへをしやりたれはこの水飯を二かきはかり口へか きいれてすしを一二つつ一口にくひてけりかくする事 七八度になりぬれは鉢なりつる水飯もあゆのす しもみなになりにけり医師これをみて水飯もか 様にまいり候はむにはとはかりいひてやかて逃いて にけるとかや或人のもとにわかき侍ともよりあひて/s501l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/501