[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五 ====== 552 南都にまた一生不犯の尼ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 南都にまた一生不犯の尼ありけり。つひに悪しざまなる名立ちたることもなくてやみにけり。 臨終いかがあらんずらむ、世にありがたきためしに、人々言ひけるほどに、病を受けて大事になりければ、善知識のために小僧を一人請じて、念仏を勧めければ、念仏をば申さで、「まらの来るぞや、まらの来るぞや」と言ひて、つひに終りにけり。 一期が間、ゆゆしく思ひ取りては侍れども、心の内にはこのことをかけたりければこそ、かく終りの言葉にも言ひけめ。何事もただ心の引き方が善悪の報を定むるなり。よくよく用意あるべきことにこそ。 ===== 翻刻 ===== 南都に又一生不犯の尼ありけりつゐにあしさま なる名たちたる事もなくてやみにけり臨終 いかかあらんすらむ世にありかたきためしに人々いひ ける程に病をうけて大事になりけれは善知識 のために小僧を一人請して念仏をすすめけれは 念仏をは申さてまらのくるそやまらのくるそやといひてつゐに をはりにけり一期かあひたゆゆしくおもひとりて は侍れとも心のうちには此事をかけたりけれ/s440r はこそかくをはりのこと葉にもいひけめ何事も たた心の引かたか善悪の報をさたむる也よくよく 用意あるへき事にこそ/s440l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/440