[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五 ====== 545 いづれのころのことにか山僧あまたともなひて児など具して竹生島へ参りたりけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== いづれのころのことにか、山僧あまたともなひて、児(ちご)など具して、竹生島へ参りたりけり。巡礼果てて、今は帰りなんとしける時、児ども言ふやう、「この島の僧たちは、水練を業(わざ)として、おもしろきことにて侍るなる。いかがして見るべき」と言ひければ、住僧の中へ使をやりて、「小人達の所望かく候ふ。いかが候ふべき」と言ひやりたりければ、住僧の返事に、「いとやすきことにて候ふを、さやうのことつかうまつる若者、ただ今たがひ候ひて一人も候はず。かへすがへす((「かへすがへす」は底本「返に」。諸本により訂正))口惜しきことなり」と言ひたりければ、力及ばで、おのおの帰りけり。 舟に乗りて、二・三町ばかり漕ぎ出でたりけるほどに、張り衣のあざやかなるに、長絹の五帖の袈裟のひた新しきかけたる老僧、七十あまりもやあるらんと見ゆる、一人脛(はぎ)をかき上げて、海の面をさし歩みて来たるあり。舟をとどめて、「不思議のことかな」と、目をすまして見ゐたる所に、近く歩み寄りて言ふやう、「かたじけなく小人達の御使を給ひて候ふ。折節若者ども皆たがひ候ひて、御所望むなしくて御帰りぬる、生涯の遺恨候ふよし、老僧の中より申せと候ふなり」と言ひて帰りにけり。 これに過ぎたる水練の見物やあるべき。目を驚かしたりけり。 ===== 翻刻 ===== いづれの比の事にか山僧あまたともなひて児なとくし て竹生島へまいりたりけり巡礼はてて今はかへりなん としける時児ともいふやう此島の僧たちは水練 を業として面白事にて侍なるいかかして見るへき といひけれは住僧の中へ使をやりて小人達の所望 かく候いかか候へきといひやりたりけれは住僧の返事に/s431r いとやすき事にて候をさやうの事つかうまつる若 物只今たかひ候て一人も候はす返に口惜事也といひ たりけれは力をよはて各かへりけり舟にのりて二三 町はかり漕出たりける程にはり衣のあさやか なるに長絹の五帖の袈裟のひたあたらしきかけ たる老僧七十あまりもやあるらんと見ゆる一人 はきをかきあけて海の面をさしあゆみてきたる あり舟をととめてふしきの事かなと目をすまし て見ゐたる所にちかくあゆみよりていふやうかた しけなく小人達の御使を給て候をりふし若物 とも皆たかひ候て御所望むなしくて御帰ぬる/s431l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/431 生涯の遺恨候由老僧の中より申せと候也といひて かへりにけり是に過たる水練の見物やあるへきめ を驚したりけり/s432r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/432