[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五
====== 536 かの定茂承元二年十月二十八日文殿の作文に参りたりけるに・・・ ======
===== 校訂本文 =====
かの定茂(([[s_chomonju534|534]]の進士志定茂。))、承元二年十月二十八日、文殿(ふどの)の作文に参りたりけるに、夏の袍(はう)を着たりけるを見て、上下笑ふことかぎりなし。定茂、われを笑ふとは知りげもなくて((「知りげもなくて」は底本「しりけりなくて」。諸本により訂正。))、その日はやみにけり。
後にある上達部のもとへ参じて申しけるは、「一日、文殿の作文に夏の袍を着て参りて侍りしを、人々見候ひて((「見候ひて」は底本「見はて」。諸本により訂正。))、余りに学問をして、四季をだに知らぬやさしさといふ沙汰にこそ宣(の)りて候へ」と自讃しければ、聞く者、嘲哢(てうろう)することかぎりなかりけり。
この定茂、新しく車を仕立てたりけるを、いかにも人に貸すことなどもなくて、秘蔵して持ちたりけるに乗りて、通方の大納言((源通方))のいまだ殿上人にておはしける時、かの亭へ参りたりけるほどに、にはかに雨降りければ、急ぎ立ちて、この車を門の中へ引き入れて、車宿(くるまやどり)なる亭主の車をば引き出だして、雨に濡らして、おのれが車を宿に立てけり。
所司見付けて、「いかにかかることをばするぞ」と咎めければ((「と咎めければ」は底本「とらかめけれは」。諸本により訂正。))、「君はいく度も調じかへ給はんことやすかりぬべし。定茂が一車を濡らしては、また調じがたければ、かくしたるぞかし」と言ひければ、所司、力及ばでやみにけり。
===== 翻刻 =====
彼定茂承元二年十月廿八日文殿の作文にまいりたり
けるに夏袍をきたりけるを見て上下わらふこと限
なし定茂われをわらふとはしりけりなくて其日はやみ
にけり後にある上達部のもとへ参して申けるは一日文
殿の作文に夏袍をきてまいりて侍しを人々見はて餘
に学問をして四季をたにしらぬやさしさといふさたに/s423l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/423
こそのりて候へと自讃しけれは聞物嘲哢する事限なかりけり
此定茂あたらしく車をしたてたりけるをいかにも人に
かす事なともなくて秘蔵して持たりけるにのりて
通方の大納言のいまた殿上人にておはしける時彼亭
へ参たりける程に俄に雨ふりけれはいそきたちて此車
を門の中へ引入て車やとりなる亭主の車をは
引出て雨にぬらしてをのれか車を宿に立て
けり所司見つけていかにかかる事をはするそとら
かめけれは君はいく度も調しかへ給はん事やすかりぬ
へし定茂か一車をぬらしては又調しかたけれは
かくしたるそかしといひけれは所司力をよはてやみにけり/s424r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/424