[[index.html|古今著聞集]] 興言利口第二十五 ====== 516 雨降り風おどろおどろしかりける夜二条中納言実綱卿の家に・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 雨降り、風おどろおどろしかりける夜、二条中納言実綱卿((藤原実綱))の家に侍ども集まりて、すずろ物語りしけるに、「ただ今いづくへ行きなん。東三条の池の辺へ向ひなんや」など言ひける((「言ひける」は底本「言ひ」なし。諸本により補う。))を、ある侍、「かしこうまかるよ」と言ひたりければ、あらがひかためてけり。「そのしるしには、池の中島に杭(くひ)を打つべし。その後おのおの行きて見るべし」と言へば、「さらなり」とて、この主(ぬし)立ちぬ。 傍輩(はうばい)ども思ふやう。「この者は、しぶときをこの者にて、せらるることもぞある。いざ先立ちて((「先立ちて」は底本「さきうちて」。諸本により訂正。))臆するやうなるはかりごとめぐらさん」とて、両三人言ひ合ひて、撮棒(さいばう)一つ、讃岐藁座(さぬきわらざ)一枚を持ちて、急ぎ先立ちて、かの池の中島なる((「なる」は底本「なき」。諸本により訂正。))木の上に登りて待つところに、この男、案のごとく池を渡りて中島に来て、杭を打たむとす。 その時、木の上より讃岐藁座を投げ落したりければ、この男、少し立ち退きて、三帰を唱へてゐたる所に、重ねて撮棒を投げ落したりければ、池に投げ入れられて、水音高かりけるに、驚き惑ひて、倒(たふ)れふためきて逃げにけり。 傍輩ども、しおほせて、木より降りて、さりげなしにて、侍に帰りゐたるところに、この男、青ざめて出で来たりけり。「いかに」と問ひければ、「一番に唐傘ばかりなる物落ち来つれば、『命にまさるものなし』と思へば、逃げて参りたるぞ」と言ひけり。さて、負けわざのことし侍りけるとぞ。 ===== 翻刻 ===== 雨ふり風おとろおとろしかりける夜二条中納言実綱卿 家に侍ともあつまりてすすろ物語しけるにたたいま いつくへ行なん東三条の池の辺へむかひなんやなと/s410l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/410 けるをある侍かしこうまかるよといひたりけれはあらかひ かためてけり其しるしには池の中嶋にくゐを打へし 其後各々行て見るへしといへはさらなりとて此主たちぬ 傍輩とも思やう此物はしふときおこの物にてせらるる事 もそあるいささきうちてをくするやうなるはかり事めくらさん とて両三人いひ合てさいはう一讃岐わらさ一まいをも ちていそきさきたちて彼池の中嶋なき木のうへに のほりて待ところに此男あむのことく池をわたりて中 嶋にきてくゐをうたむとす其時木のうへよりさぬき わらさをなけおとしたりけれは此男すこし立しりそき て三帰をとなへてゐたる所にかさねてさいはうをなけ/s411r おとしたりけれは池になけ入られて水音たかかりける におとろきまとひてたふれふためきて逃にけり 傍輩ともしおほせて木よりおりてさりけなしにて侍に かへりゐたるところに此男あをさめて出きたりけりいかに ととひけれは一番にからかさはかりなる物おちきつれは命 にまさる物なしとおもへはにげてまいりたるそとい ひけりさてまけわさの事し侍りけるとそ/s411l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/411