[[index.html|古今著聞集]] 遊覧第二十二
====== 479 亭子院の御時昌泰元年九月十一日大井川に行幸ありて・・・ ======
===== 校訂本文 =====
これを抄入す
亭子院((宇多天皇))の御時、昌泰元年九月十一日、大井川に行幸ありて、紀貫之、和歌の仮名序((大井川行幸和歌仮名序))書けり。
>あはれ、わが君の御代、長月の九日(ここぬか)と昨日いひて、残れる菊見給はん、また暮れぬべき秋を惜しみ給はんとて、月の桂のこなた、春の梅津より御舟よそひて、渡し守を召して、夕月夜小倉の山のほとり、行く水の大井の河辺に行幸(みゆき)し給へば、ひさかたの空にはたなびける雲もなく、行幸をさぶらひ、流るる水ぞ、そこに((「水ぞ、そこに」は底本「水そこに」。諸本により訂正。))濁れる塵なくて、おほむ心にぞかなへる。今勅(みことのり)して仰せ給ふことは、秋の水に浮びては、流るる木の葉とあやまたれ、秋の山を見れば、織り隙(ひま)なき錦と思(おも)ほえ、紅葉の葉の嵐に散りてもらぬ雨と聞こえ、菊の花の岸に残れるを、空なる星と驚き、霜の鶴河辺に立ちて、雲の降るかと疑はれ、夕の猿山のかひに鳴きて、人の涙を((「涙を」は底本「なみたみを」。諸本により訂正。))落し、旅の雁雲路(くもぢ)にまどひて玉札(たまづさ)と見え、遊ぶ鴎(かもめ)水に住みて人になれたり。入江の松いく世経ぬらんといふことをぞ詠ませ給ふ。
>われら短かき心の、このもかのもと惑ひ、つたなき言の葉、吹く風の空に乱れつつ、草の葉の露ともに涙落ち、岩波とともによろこばしき((「よろこばしき」は底本「よろこほ(はイ)しき」で、「ほ」に「はイ」と異本注記。注記に従う。))心ぞ立ち返る。この言の葉、世の末まで残り((「残り」は底本「ののこり」。諸本により訂正。))、今を昔に比べて、後の((「後の」は底本「の」なし。諸本により補う。))今日を聞かん人、あまのたくなわくり返し、しのぶの草のしのばざらめや。
太政大臣 貞信公((藤原忠平))
在拾遺((拾遺和歌集))第九
小倉山紅葉の色も心あらば今一たびの御幸待たなん
躬恒((凡河内躬恒))
入古今((古今和歌集))第十九俳諧哥
わびしらにましらな鳴きそあしびきの山のかひある今日にやあらぬ
この行幸の年紀ならびに歌仙等のこと、かたがたおぼつかなし。こまかに尋ねて知るべし。
===== 翻刻 =====
(抄入之)
亭子院御時昌泰元年九月十一日大井川に行幸
ありて紀貫之和哥の仮名序かけり
あはれわか君の御代なか月のここぬかと昨日いひて
のこれる菊見たまはんまたくれぬへきあき
をおしみたまはんとて月のかつらのこなた春
の梅津より御舟よそひてわたしもりを
めして夕月夜小倉の山のほとりゆく水の
大井の河辺に御ゆきし給へは久かたの空
にはたなひける雲もなくみゆきをさふらひ
なかるる水そこににこれる塵なくておほむ/s377r
心にそかなへるいま御ことのりしておほせたまふ
ことは秋の水にうかひてはなかるる木葉とあや
またれ秋の山をみれはをりひまなき錦と
おもほえもみちの葉のあらしにちりてもらぬ
雨ときこえ菊の花の岸にのこれるを空
なる星とおとろき霜の靏河辺に
たちて雲のおるかとうたかはれ夕の猿山の
かひになきて人のなみたみをおとしたひの雁
雲ちにまとひて玉札と見えあそふかもめ
水にすみて人になれたり入江の松いく世
へぬらんといふ事をそよませたまふ我らみし/s377l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/377
かき心のこのもかのもとまとひつたなきこと
の葉吹風の空にみたれつつ草のはの露
ともに涙おち岩波とともによろこほ(はイ)しき
心そたちかへるこのことの葉世のすゑまての
のこり今をむかしにくらへて後けふをきかん人
あまのたくなわくり返ししのふの草の
しのはさらめや
太政大臣 貞信公
(在拾遺第九)
小倉山紅葉の色も心あらはいま一たひの御幸またなん
躬恒
(入古今第十九俳諧哥)
わひしらにましらななきそ足引の山のかひあるけふにやあらぬ/s378r
この行幸の年紀并哥仙等事かたかたお
ほつかなしこまかに尋てしるへし/s378l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/378