[[index.html|古今著聞集]] 哀傷第二十一
====== 454 空也上人道を過ぎ給ひけるにある家の門に年七歳ばかりなる小児泣きて・・・ ======
===== 校訂本文 =====
空也上人、道を過ぎ給ひけるに、ある家の門に、年七歳ばかりなる小児泣きて立ちたり。上人、「など泣くか」と問ひ給ひければ、小児答へけるは、「二歳と申しけるに、父におくれぬ。ただ一人頼みて侍りつる母に、この暁またおくれ侍りぬ。今は誰(たれ)を頼みて身を立て、いづれの世にか再びあひ見侍ることを得ん」と言ひければ、上人、聞きて、「な泣きそ」とこしらへて、弾指(だんし)してのたまひける、
朝夕歎心忘後前立常習
と唱へて過ぎ給ひにけり。
小児、この文を聞きて、すなはち泣きやみにけり。村の人、「さしも悲しみつるに、など泣きやみたるか」と問ひければ、「上人の授け給ひつる文あり。その心は」とて言ひける、
朝夕に歎く心を忘れなんおくれ先立つ常の習ひぞ
七歳の人の、かく心得説きけるも、ただ人にはあらず。これも権者(ごんじや)なりけるとこそ。
===== 翻刻 =====
空也上人道を過給けるにある家の門に年七歳
はかりなる小児なきて立たり上人なとなくかと問
給けれは小児こたへけるは二歳と申けるに父にをくれ/s359l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/359
ぬたたひとりたのみて侍つる母に此暁又をくれ侍ぬ
いまはたれをたのみて身をたていつれの世にか
ふたたひあひみ侍る事をえんといひけれは上人聞
てななきそとこしらへて弾指しての給ける
朝夕歎心忘後前立常習と唱て過給にけり
小児この文をききて則泣やみにけり村の人さしも
かなしみつるになとなきやみたるかと問けれは上人の
さつけ給つる文ありその心はとていひける
あさ夕になけく心を忘なんをくれさきたつつねのならひそ
七歳の人のかく心えときけるもたた人にはあらす
これも権者なりけるとこそ/s360r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/360