[[index.html|古今著聞集]] 偸盗第十九 ====== 439 ある所に強盗入りたりけるに弓取りに法師を立てたりけるが・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== ある所に強盗入りたりけるに、弓取りに法師を立てたりけるが、秋の末つかたのことにて侍りけるに、門のもとに柿の木のありける下(した)に、この法師((「法師」は底本「比し」。諸本により訂正。))片手矢はげて立ちたる上より、うみ柿の落ちけるが、この弓取りの法師が頂(いただき)に落ちてつぶれて、さむざむに散りぬ。 この柿のひやひやとして当たるをかいさぐるに、何となく濡れ濡れとありけるを、「はや射られにけり」と思ひて、臆してけり。かたへの輩(ともがら)に((底本「に」なし。諸本により訂正。))言ふやう、「はやく痛手を負ひて、いかにも延ぶべくも覚えぬに、この頸打て」と言ふ。「いづくぞ」と問へば、「頭を射られたるぞ」と言ふ。さぐれば、何とは知らず((「知らず」は底本「しらせ」。諸本により訂正))、濡れわたりたり。手に赤く物付きたれば、「げに血なりけり」と思ひて、「さらんからにけしうはあらじ、引き立てて行かん」とて、肩にかけて行くに、「いやいや、いかにも延ぶべくも覚えぬぞ。ただはや頸を切れ」と、しきりに言ひければ、言ふにしたがひて打ち落しつ。 さて、その頭(かしら)を包みて、大和国へ持ちて((「持ちて」は底本「もりて」。諸本により訂正。))行く。この法師が家に投げ入れて、「しかじか言ひつること」とて取らせたりければ、妻子、泣き悲しみて見るに、さらに矢の跡なし。「むくろに手ばし負ひたりけるか」と問ふに、「しかにはあらず。この頭のことばかりをぞ言ひつる」と言へば、いよいよ悲しみ悔ゆれどもかひなし。 臆病はうたてきものなり。さほどの心ぎはにて、かくほどの振舞ひしけん((「しけん」は底本「しゆん」。諸本により訂正。))愚かさこそ。 ===== 翻刻 ===== 或所に強盗入たりけるに弓とりに法師をたて たりけるか秋の末つかたのことにて侍けるに 門のもとに柿木のありけるしたに此比しかた て矢はけて立たるうへよりうみ柿のおちけ るかこの弓とりの法師かいたたきにおちてつ/s336r ふれてさむさむにちりぬ此柿のひやひやとして あたるをかいさくるになにとなくぬれぬれとあり けるをはや射られにけりとおもひてをくして けりかたへの輩云やうはやくいたてを負ていか にものふへくも覚ぬにこの頸うてといふいつくそと 問へは頭をいられたるそといふさくれはなにとは しらせぬれわたりたり手にあかく物つきたれ はけに血なりけりとおもひてさらんからにけしうは あらしひきたててゆかんとて肩にかけて行に いやいやいかにものふへくもおほえぬそたたはやく ひをきれと頻にいひけれはいふにしたかひてうち/s336l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/336 おとしつさてそのかしらをつつみて太和国へもりて 行く此法しか家になけ入てしかしかいひつる こととてとらせたりけれは妻子なきかなしみて 見るにさらに矢の跡なしむくろに手はしおひた りけるかととふにしかにはあらすこのかしら の事はかりをそいひつるといへはいよいよかなしみ 悔れともかひなしをくひやうはうたてきものなり さ程の心きわにてかく程のふるまゐしゆん おろかさこそ/s337r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/337