[[index.html|古今著聞集]] 偸盗第十九
====== 437 承久のころ内裏へ盗人を追ひ入れたりけるを所衆行実・・・ ======
===== 校訂本文 =====
承久のころ、内裏へ盗人を追ひ入れたりけるを、所衆(ところしゆう)行実((源行実))、記録所(きろくしよ)の辺にて搦め取りてけり。
行実、件(くだん)の盗人に、白き水干袴に紅の衣着せて、贓物(ざうもつ)首にかけさせて、北の陣をわたして、検非違使に受け取らせられけり。行実は衣冠に巻纓(けんえい)して深沓(ふかぐつ)をぞ履きたりける。佐々木判官広綱((佐々木広綱))、白襖(しろあを)に毛沓履きて、郎等二十人に一色の鎧(よろひ)着せて受け取りける、ゆゆしき見物にしてぞ侍りける。
北の陣の門前に犯人(ぼんにん)を引きすゑたりけるを、広綱が下部(しもべ)、進みて受け取りて引き立つるところに、犯人がいはく、「しばらく待たせ給へ。申し上ぐべきこと候ふ」とて、一首の歌を詠じける。
あふみなる鏡の山に影見えてささきのへとて渡りぬるかな
かかる中に、いづくに肝魂(きもだましひ)ありて案じつづけける((底本「ける」なし。諸本により補う。))にか、あはれなりといふことはなくて、盗人だましひのほどあらはれて、いとど恐しといふ沙汰にてぞありける。
主上((順徳天皇))は、ことに御唇が色も変はらせ給ひけり。おぢさせ給ひけるとぞ。
===== 翻刻 =====
承久の比内裏へ盗人を追入たりけるを所衆行
実記録所辺にて搦取てけり行実件盗人
にしろき水干袴に紅のきぬきせてさうもつ
くひにかけさせて北陣をわたして検非違使に/s335r
うけとらせられけり行実は衣冠に巻纓して深沓
をそはきたりける佐々木判官広綱白襖に毛
沓はきて郎等廿人に一色の鎧きせてうけとり
けるゆゆしき見物にしてそ侍ける北陣門前に
犯人をひきすへたりけるを広綱が下部すす
みてうけとりて引たつる処に犯人かいはくし
はらくまたせ給へ申あくへきこと候とて一首の
哥を詠しける
あふみなる鏡の山にかけみえてささきのへとてわたりぬる哉
かかる中にいつくに肝魂ありてあんしつつけにか
あはれなりといふことはなくて盗人たまし/s335l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/335
ひの程あらはれていととおそろしといふ沙汰に
てそ有ける主上はことに御くちひるか色も
かはらせ給けりおちさせ給けるとそ/s336r
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/336