[[index.html|古今著聞集]] 偸盗第十九 ====== 433 隆房大納言検非違使別当の時白川に強盗入りにけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 隆房大納言((藤原隆房))、検非違使別当の時、白川に強盗入りにけり。その家に、すくやかなる者ありて、強盗と戦ひけるが、何となくて、強盗の中にまぎれまじはりにけり。打ちあはんには、しおほせんこと難(かた)く覚えければ、「かくまじはりて、物分けん所に行きて、強盗の顔をも見、また散り散りにならん時、家をも見入れん」と思ひて、かくはかまへけり。 さて、ともなひて、朱雀門の辺に至りぬ。おのおの物分けて、この男にも与へてけり。強盗の中に、いとなまやかにて、声・気配よりはじめて、よに尋常なる男の、年二十四・五もやあるらんと覚ゆるあり。胴腹巻(どうはらまき)に左右籠手(こて)さして、長刀を持ちたりけり。緋緒括(ひをくくり)の直垂袴(ひたたればかま)に、括り高く上げたり。もろもろの強盗の首領と思しくて、こと掟てければ、みなその下知に従ひて、主従のごとくなん侍りけり。 さて、散り散りになりける時、「このむねとの者の行かん方を見ん」と思ひて、尻にさしさがりて、見隠れ見隠れ行くに、朱雀を南へ四条まで行きけり。四条を東へ具しける((「ける」は底本「る」なし。諸本により補う。))までは、まさしく目にかけたりけるを、四条大宮の大理の亭((検非違使別当、つまり藤原隆房の邸宅。))の西の門のほどにて、いづちか失せにけん。かき消つがごとく見えずなりにけり。前(さき)にも、そばにも、すべて見えず。「この築地(ついぢ)を越えて内へ入りにけり」と思ひて、そこより帰りぬ。 朝(あした)にとく行きて、跡を見れば、件(くだん)の盗人、手を負ひて侍りけるにや、道々血こぼれたり。門のもとにてとどまりたりければ、「疑ひなく、この内の人なりけり」と思ひて、立ち帰りて、このやうを主に語りければ、大理の辺に参り通ふ者なりければ、すなはち参りて、ひそかにこのやうを語り申しければ、大理、聞き驚かれて、家中を譴責(けんせき)せられけれども、さらに怪しきことなかりけり。 件の血、北の対の車宿りまでこぼれたりければ、「局(つぼね)女房の中に、盗人をこめ置きたるがしわざにこそ」とて、みな局どもを捜(さが)されんずる儀になりて、女房どもを呼ばれけり。その中に、大納言殿とかやとて、上臈の女房のありけるが、このほど風のおこりて、えなん参らぬよしを言ひけり。重ねて、「ただいかにもして、人になりともかかりて、参り給へ」と責められければ、逃るる方なくて、なまじひに参りぬ。その跡を捜しければ、血付きたる小袖あり。怪しくて、いよいよあなぐりて、切板を開けて見るに、さまざまの物どもを隠し置きたりけり。かの男が言ひつるにたがはず、緋緒括(ひをくくり)の直垂袴などもありけり。面形(おもてがた)一つありけるは、その面(おもて)をして顔を隠して、夜々に強盗をしけるなりけり。 大理、おほきにあさみて、すなはち官人に仰せて、白昼に禁獄せられける。見物の輩(ともがら)、市をなして所もさりあへざりけるとぞ。きぬかづきを脱がせて、面(おもて)をあらはにして出だされけり。諸人、見あさまずといふことなし。二十七・八ばかりなる女の、細やかにて、長だち、髪のかかり、すべて悪(わろ)き所もなく、優(いう)なる女房にてぞ侍りける。 昔こそ、鈴香山((鈴鹿山))の女盗人とて言ひ伝へたるに、近き世にも、かかる不思議侍りけることよ。 ===== 翻刻 ===== 隆房大納言検非違使別当のとき白川に強盗 入にけり其家にすくやかなるものありて強盗とたた かひけるかなにとなくて強盗の中にまきれましはり にけりうちあはんにはしおほせんことかたくおほ えけれはかくましはりて物わけん所に行て強 盗のかほをも見又ちりちりにならん時家をも見/s329l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/329 いれんとおもひてかくはかまへけりさてともなひ て朱雀門辺にいたりぬおのおの物わけてこの男 にもあたへてけり強盗の中にいとなまやかにてこ ゑけはひよりはしめてよに尋常なる男のとし 廿四五もやあるらんとおほゆるありとう腹巻に 左右こてさして長刀をもちたりけりひをくく りの直垂はかまにくくりたかくあけたり諸の強 盗の首領とおほしくてことをきてけれはみなそ の下知にしたかひて主従のことくなん侍けり さてちりちりになりける時このむねとのもののゆかん 方をみんとおもひて尻にさしさかりてみかくれみかくれ/s330r 行に朱雀を南へ四条まて行けり四条を東へ くしけまてはまさしく目にかけたりけるを四条 大宮の大理の亭の西の門の程にていつちか うせにけんかきけつかことく見えすなりにけり さきにもそはにもすへて見えすこの築地を越て 内へ入にけりとおもひてそこより帰ぬ朝にとく 行て跡をみれは件盗人手を負て侍けるにや 道々血こほれたり門のもとにてととまりたり けれはうたかひなく此内の人なりけりとおも ひて立帰てこのやうを主にかたりけれは大 理の辺にまいり通ふものなりけれは則参て/s330l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/330 ひそかにこの様を語申けれは大理ききおとろ かれて家中をけんせきせられけれとも更にあやし きことなかりけり件血北対の車宿まてこほ れたりけれはつほね女房の中に盗人をこめを きたるかしはさにこそとてみな局ともをさかさ れんする儀になりて女房共をよはれけり其中に 大納言殿とかやとて上臈女房のありけるかこの程 風のをこりてえなんまいらぬよしをいひけりかさ ねてたたいかにもして人になりともかかりてまいり 給へとせめられけれはのかるる方なくてなましひ にまいりぬその跡をさかしけれは血つきたる/s331r 小袖ありあやしくて弥あなくりて切板をあけ てみるにさまさまの物ともをかくしをきたりけり 彼男かいひつるにたかはすひをくくりの直垂 袴なともありけりおもてかた一ありけるはその面を してかほをかくして夜々に強盗をしけるなり けり大理大にあさみて則官人におほせて白昼 に禁獄せられける見物のともから市をなし て所もさりあへさりけるとそきぬかつきを ぬかせておもてをあらはにして出されけり 諸人みあさますといふことなし廿七八はかりな る女のほそやかにて長たちかみのかかりすへて/s331l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/331 わろき所もなく優なる女房にてそ侍ける昔こ そ鈴香山の女盗人とていひつたへたるにち かき世にもかかるふしき侍けることよ/s332r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/332