[[index.html|古今著聞集]] 相撲強力第十五 ====== 380 鎌倉前右大将家に東八ヶ国うちすぐりたる大力の相撲出で来て・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 鎌倉前右大将家((源頼朝))に、東八ヶ国うちすぐりたる大力の相撲出で来て、申していはく、「当時、長居(ながゐ)に手向ひすべき人覚え候はず。畠山庄司二郎((畠山重忠))ばかりぞ心にくう候ふ。それとても、長居をばたやすくは、いかでか引きはたらかし侍らん」と言葉もはばからず言ひけり。 大将聞き給ひて、いやましう((底本「此事ねたましうイ」と傍書。))思ひ給ひたる折節、重忠 出で来たりけり。白水干に葛袴、黄なる衣(きぬ)をぞ((「をぞ」は底本「ををそ」。諸本により訂正。))着たりける。侍に大名・小名所もなく居並みたる中を分けて、座上にひしと居たりけり。大将、「なほ近く、それへ、それへ」とありけれども、かしこまりて侍りけり。 さて、物語して、「そもそも所望のことの候ふを、申し出ださむと思ふが、『さだめて不許にぞ侍らむずらむ』と思ひ給ひながら、また、ただにやまむも忍びがたくて、思ひわづらひたる」と、のたまはせければ、重忠、とかく申すことはなくて、かしこまりて聞きゐたりけり。このこと、たびたびになりける時、重忠、ちと居直りて、「君の御大事、何事にて候ふとも、いかでか子細を申し候はん」と言ひたりければ、大将、入興(じゆきよう)し給ひて、「その庭に長居めが候ふぞ。貴殿と手合はせをしてこころみばやと申し候ふなり。東八ヶ国うち勝(まさ)りたる((「うち勝りたる」は底本「打勝りりたる」。諸本により訂正。))よし、自称つかまつる、ねたましう覚え候へば、『頼朝なりとも出でてこころみばや』と思ひ給へども、とりわきそこを手乞ひ申すぞ。こころみ給へ」と、のたまはせければ、重忠、存外げに思ひて、いよいよ深くかしこまりて、言ふことなし。 大将、「さればこそ、これは身ながらも、非愛(ひあい)のことにて候ふ。さりながらも、わが所望このことにあり」と侍りける時、重忠、座を立ちて、閑所(かんじよ)へ行きて、くくりすべ、烏帽子かけなどしてけり。長居は庭に床子(しやうじ)に尻かけて候ひける。それも立ちて、褌(たふさぎ)かきてねり出でてたり。まことにその体(てい)、力士((金剛力士))のごとくに見えければ、「畠山もいかが」とぞ覚えける。 さて寄り合ひたりけるに手合せして、長居、畠山が小首を強く打ちて、袴の前腰を取らんとしけるを、畠山、左右の肩をひしと押さへて近付けず。かくてほど経(へ)ければ、景時((梶原景時))、「今はことがら御覧候ひぬ。さやうにてや候ふべかるらん」と申しけるを、大将、「いかにさるやうはあらん。勝負あるべし」とのたまはせ果てねば、長居を尻居(しりゐ)にへしすゑてけり。やがて死に入りて、足を踏みそらしければ、人々寄りて、押しかがめてかき出だしにけり。 重忠は座に帰り着くこともなく、一言も言ふことなくて、やがて出でにけり。長居はそれより肩の骨砕けて、かたはものになりて、相撲取ることもなかりけり。骨をとりひしぎにけるにこそ。目驚きたることなり。 ===== 翻刻 ===== 鎌倉前右大将家に東八ヶ国うちすくりたる/s278r 大力の相撲出来て申云当時長居(なかゐ)に手向ひす へき人おほえ候はす畠山庄司二郎はかりそ心に くう候それとてもなかゐをはたやすくはいかてかひ きはたらかし侍らんと詞も憚からすいひけり大将聞 給ていやましう(此事ねたましうイ)思ひたまひたる折ふし重忠 出来たりけり白水干に葛袴黄なる衣を をそ著たりける侍に大名小名所もなく居 なみたる中をわけて座上にひしと居たりけ り大将なをちかくそれへそれへとありけれともかしこ まりて侍けりさて物かたりして抑々所望の事 の候を申出さむと思ふかさためて不許にそ/s278l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/278 侍らむすらむとおもひたまひなから又たたにやまむ も忍かたくておもひわつらひたるとのたまはせ けれは重忠とかく申事はなくて畏て聞 ゐたりけり此事たひたひになりける時重忠 ちと居なをりて君の御大事何事にて候と もいかてか子細を申候はんといひたりけれは大将入 興し給てその庭になかゐめか候そ貴殿と 手合をして心見はやと申候也東八ヶ国打勝り りたるよし自称仕まつるねたましうおほえ候へは 頼朝なりともいてて心見はやと思給へともとり わきそこをてこひ申そ心み給へとのたまはせ/s279r けれは重忠存外けに思ていよいよふかく畏てい ふ事なし大将されはこそ是は身なからもひあいの 事にて候さりなからも我所望此事にありと侍 ける時重忠座をたちて閑所へ行てくくりすへ 烏帽子かけなとしてけり長居は庭に床子に尻かけて 候けるそれもたちてたうさきかきてねり出てた りまことにその体力士のことくに見えけれは畠 山もいかかとそおほえけるさて寄合たりけるに 手合してなかゐ畠山かこくひをつよく打て袴 の前腰をとらんとしけるを畠山左右の肩を ひしとおさへてちかつけすかくて程へけれは景/s279l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/279 時いまは事から御覧候ぬさやうにてや候へかるらん と申けるを大将いかにさるやうはあらん勝負あるへ しとのたまはせはてねは長居をしり居にへし すゑてけりやかて死入て足をふみそらしけ れは人々よりておしかかめてかき出しにけり 重忠は座に帰著事もなく一言もいふ事なく てやかて出にけりなかゐはそれより肩の骨く たけてかたわ物になりてすまゐとる事も なかりけり骨をとりひしきにけるにこそ目 おとろきたる事なり/s280r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/280