[[index.html|古今著聞集]] 馬芸第十四 ====== 368 坊門大納言左衛門督にて侍りける時建暦の御禊の行幸に・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 坊門大納言(忠信((藤原忠信)))、左衛門督にて侍りける時、建暦の御禊(ごけい)の行幸に、一六といふ馬に乗りて供奉せられたりけるに、二条宝町にて、院((後鳥羽上皇))の御桟敷の前の幔、風に吹き上げられたりけるに驚きて、御桟敷の東より引きて走りけるを、馬副(うまぞひ)引きまろばかされて、馬を捨ててけり。留めけるほどに、轡(くつわ)も切れにけるに、しづかに靴を((底本「を」なし。諸本により補う。))片足づつ脱ぎ捨てて、襪(したうづ)ばかりにて、鐙(あぶみ)を踏みおほせて後、馬の鼻をかきて、二条烏丸なる桟敷の前にてとどめられにけり。見る者、目を驚かしけり。その桟敷、ゆかりありける人にて、急ぎ轡をはげて奉りけり。 すべて御禊には、などやらん、馬より落つるためし多く侍り。よくよく慎むべきことにや。 かの大納言、片野の御狩も同じ馬に乗りて、鹿につきて馳せけるほどに、鹿、淀川に入りければ、馬も((「馬も」は底本「馬に」。諸本により訂正。))続きて入りにけり。乗る人、川に沈みて見えざりければ、上下驚きあさみあへりけるほどに、しばしありて、物の具・水干・袴、みな浮き出でたりけり。その後、裸にて泳ぎ上がりけり。水の底にて、のどかに脱ぎ解かれけり。水練のほどめでたかりけり。かやうの用意にや、かねて褌(たふさぎ)をなんかかれたりける。 この馬に乗りて、ふたたび高名せられたりける。くせごとになん申しあへりける。 ===== 翻刻 ===== 坊門大納言忠信左衛門督にて侍ける時建暦の御禊 行幸に一六といふ馬に乗て供奉せられたりけるに二 条宝町にて院の御桟敷の前の幔風に吹上られたり けるにおとろきて御桟敷の東よりひきて走りけるを/s269l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/269 馬副引まろはかされて馬をすててけり留めける程に 轡も切にけるにしつかに靴かたあしつつぬきすてて 韈はかりにて鐙をふみおほせて後馬のはなをかき て二条烏丸なる桟敷の前にてととめられにけり見る 物目をおとろかしけり其桟敷ゆかりありける人にて いそき轡をはけてたてまつりけりすへて御禊に はなとやらん馬よりおつるためしおほく侍りよくよく つつしむへき事にや彼大納言片野の御狩もおなし 馬に乗て鹿に付て馳けるほとに鹿淀川に入けれ は馬につつきて入にけり乗人川にしつみて見えさり けれは上下おとろきあさみあへりけるほとにしは/s270r しありて物具水干袴みな浮出たりけり其後 はたかにてをよきあかりけり水の底にてのとかに ぬきとかれけり水練のほとめてたかりけりかやうの 用意にやかねてたうさきをなんかかれたりける 此馬に乗て二たひ高名せられたりけるくせ事に なん申あへりける/s270l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/270