[[index.html|古今著聞集]] 弓箭第十三 ====== 347 頼光朝臣の郎等季武が従者究竟の者ありけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 頼光朝臣((源頼光))の郎等季武((卜部季武))が従者、究竟(くつきやう)の者ありけり。季武は第一の手ききにて、下げ針をも外さず射ける者なりけり。件(くだん)の従者、季武に言ひけるは、「下げ針をば射給ふとも、この男か三段ばかりのきて立ちたらむをば、え射給はじ」と言ひけるを、季武、「やすからぬこといふ奴(やつ)かな」と思ひて、あらがひてけり。 「もし射外しぬるものならば、なんぢが欲しく思はむ物を、所望にしたがひて与ふべし」と定めて、「さて、おのれはいかに」と言へば、「これは命を参らする上は」と言へば、「さ言はれたり」とて、「さらば」とて、「立て」と言へば、この男、言ひつるがごとく、三段退(の)きて立ちたり。季武、「外すまじきものを。従者一人失なひてんずることは損なれども、意趣なれば」と思ひて、よく引きて放ちたりければ、左の脇の下(しも)五寸ばかり退きて外れにければ、季武負けて、約束のままにやうやうの物ども取らす。言ふにしたがひて取りつ。 その後、「今一度射給ふべし」と言ふ。やすからぬままに、またあらがふ。季武、「初めこそ不思議にて外したれ、このたびはさりとも」と思ひて、しばし引きたもちて、真中(まなか)に当てて放ちけるほどに、右の脇の下(した)を、また五寸ばかり退きて外れぬ。 その時、この男、「さればこそ申し候へ、え射給ふまじきとは。手ききにてはおはすれども、心ばせのおくれ給ひたるなり。人の身太きといふ定(ぢやう)、一尺には過ぎぬなり。それを真中をさして射給へり。弦音(つるおと)聞きて、そとそばへおどるに、五寸は退くなり。しかればかく侍るなり。かやうのものは、その用意をしてこそ射給はめ」と言ひければ、季武、理に折れて、言ふことなかりけり。 ===== 翻刻 ===== 頼光朝臣の郎等季武か従者究竟の物有けり 季武は第一の手ききにてさけはりをもはつさす射 ける物なりけり件従者季武にいひけるはさけ針をは 射給とも此男か三段はかりのきてたちたらむをはゑい 給はしといひけるを季武やすからぬ事いふやつ かなと思てあらかひてけりもしいはつしぬる物なら は汝かほしく思はむ物を所望にしたかひてあたふ へしとさためてさておのれはいかにといへは是は命 をまいらするうへはといへはさいはれたりとてさらはとて たてといへは此男いひつるかことく三段のきて立たり 季武はつすましき物を従者一人うしなひてんする/s255r 事は損なれとも意趣なれはと思てよく引てはなち たりけれは左の脇のしも五寸許のきてはつれにけれは 季武負て約束のままにやうやうの物ともとらすいふ にしたかひてとりつ其後今一度射給へしといふやす からぬままに又あらかふ季武はしめこそふしきにては つしたれ此度はさりともと思てしはし引たもちて ま中にあてて放ける程に右の脇のしたを又五寸は かりのきてはつれぬ其時この男されはこそ申候へ ゑいたまうましきとは手ききにてはおはすれとも心はせ のおくれ給たるなり人の身ふときといふ定一尺には過 ぬなりそれをま中をさしてい給へりつるをとききて/s255l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/255 そとそはへおとるに五寸はのくなりしかれはかく侍る也 加様の物は其用意をしてこそいたまはめといひ けれは季武理に折ていふ事なかりけり/s256r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/256