[[index.html|古今著聞集]] 管絃歌舞第七 ====== 264 楽所預小監物源頼能は上古に恥ぢさる数寄の者なり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 楽所預(がくしよのあづかり)小監物源頼能は、上古に恥ぢさる数寄の者なり。玉手信近((玉手延近))にしたがひて横笛を習ひけり。 信近は南京((奈良))にあり。頼能、その道の遠きをいとはず、あるいは隔日に向ひ、あるいは二・三日を隔てて行く。信近、ある時には教へ、ある時は教へずして、遠路をむなしく帰る折もありけり。 ある時は、信近、菰田(こもだ)にありて、その虫を払ひければ、頼能もしたがひて、朝より夕に至るまで、もろともに払ひけり。さて帰らんとする時、たまたま一曲を授けけり。ある時はまた、大豆を刈る所に至りて、またこれを刈る。刈り終りて後、鎌の柄をもて笛にして教へけり。 かくして、その業をなせるものなり。さらに下問を恥ぢず、貴賤を論ぜず訪学しけり。天人楽(てんじんらく)をば、八幡宮寺の橋の上にて、大童子に習ひたるとぞ言ひ伝へたる。 頼能は博雅三位((源博雅))の墓所を知りて、時々参向して、拝しける。まことによく数寄たるゆゑなり。 ===== 翻刻 ===== 楽所預小監物源頼能は上古に恥さる数寄の者也玉手 信近に順て横笛を習けり信近は南京にあり頼能其 道の遠きをいとはす或は隔日にむかひ或は二三日を隔て ゆく信近ある時にはおしへある時は教すして遠路をむな しく帰おりもありけりあるときは信近菰田にありてその 虫をはらひけれは頼能もしたかひて朝より夕に至まて もろともにはらひけりさて帰らんとする時適一曲を授/s175r けりある時は又大豆を苅所にいたりて又これを苅 かりおわりて後鎌の柄をもて笛にしておしへけりかく して其業をなせる物也さらに下問をはちす貴賤を 論せす訪学しけり天人楽をは八幡宮寺の橋上 にて大童子にならひたるとそいひつたへたる頼能は博雅 三位の墓所をしりて時々参向して拝しけるまことに よく数寄たるゆへなり/s175l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/175