[[index.html|古今著聞集]] 管絃歌舞第七
====== 254 大宮右相府薨去の後七々忌果てて人々分散しけるに大納言宗俊卿・・・ ======
===== 校訂本文 =====
大宮右相府((藤原俊家))薨去の後、七々忌果てて、人々分散しけるに、大納言宗俊卿((藤原宗俊))一人旧居にとどまりゐて、心細く思はれけるにや、鬢(びん)かかれけるついでに、草子菖((草子筥の誤りか。))の蓋(ふた)を拍子に打ちて、万秋楽(まんじうらく)の序を唱歌にせられける。一句をしては涙を落してぞゐ給ひたりける。
ことに風病重き人にて、笛のつかにも紙を巻きてぞ使はれける。しかれども紫檀の甲の琵琶を、よく寒き時も弾かれければ、近習者どもは、「この者はそら風を病み給ふにこそ」などぞ言ひあへりける。また、「物狂ひの気のおはするにや」など言ひけり。
琵琶は箏・笛ほどの堪能にはあらざりけるとぞ。さりながら、白河院((白河天皇))の御時、承暦年中に飛香舎(ひぎやうしや)にして、琵琶の明匠八人を召しける中に、この大納言入れられるを、不堪のよしを申して、再三辞し申されけれども、なほその後選に入りにけり。
その八人は経信((源経信))・宗俊・政長((源政長))・基綱((源基綱))・院禅((小倉供奉院禅))。今三人、誰々にて侍るにか、尋ぬべし。
===== 翻刻 =====
大宮右相府薨去の後七々忌はてて人々分散しけるに大
納言宗俊卿ひとり旧居にととまり居て心ほそく思は
れけるにや鬢かかれけるついてに草子菖のふたを拍子/s168r
に打て万秋楽序を唱哥にせられける一句をしては涙を
おとしてそ居給たりけることに風病をもき人にて
笛のつかにも紙をまきてそつかはれける然而紫檀
の甲の琵琶をよくさむき時もひかれけれは近習者
ともはこの物はそら風をやみたまふにこそなとそいひ
あへりける又物狂の気のおはするにやなといひけり琵琶
は箏笛程の堪能にはあらさりけるとそさりなから白川院御時
承暦年中に飛香舎にして琵琶の明匠八人をめしける
中に此大納言入られるを不堪の由を申て再三辞し
申されけれとも猶其後選に入にけり其八人は経信宗
俊政長基綱院禅いま三人誰々にて侍るにか尋へし/s168l
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