[[index.html|古今著聞集]] 管絃歌舞第七 ====== 244 博雅卿は上古にすぐれたる管絃者なりけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 博雅卿((源博雅))は、上古にすぐれたる管絃者なりけり。生まれ侍りける時、天に音楽の声聞こえけり。そのころ、東山に聖心上人といふ人ありけり。天を聞くに微妙(みめう)の音楽あり。笛二・笙二・箏、琵琶各一・鼓一聞こえけり。世間の楽にも似ず、不可思議にめでたかりければ、上人怪しみて、庵室を出でて、楽の声につきて行きければ、博雅の生まるる所に至りにけり。生まれおはりて、楽の声はとどまりぬ。上人、他人に語ることなし。数日を経て、またかの所へ向ひて、その生児の母にこの瑞想を語り侍りけるとなん。 かの卿は子息二人ありけり。一人は信義((源信義))、笛の上手なり。一人は信明((源信明))、琵琶の上手なりけり。 信義をば、「双調(さうでう)の君」とぞ号しける。そのゆゑは、式部卿宮((宇多天皇皇子敦実親王))、時の管絃者・伶人等を率して、河陽((河陽離宮))に遊び給ひけるに((底本「に」なし。諸本により補う。))、明月の夜、暁にのぞみて川霧深きうちに、双調の調子を吹きて過ぐる舟あり。その舟やうやう来たり近付くを聞くに、まことに神妙(しんべう)なりけり。「わが朝に比類なき笛なり。誰人ならん」と、人々怪しう思ひ合へるに、船は霧にこめられて見えず。打ち櫂(かい)の音ばかり聞こえて、すでに舟と船と行きかふ時、親王、「誰(たれ)にか」と問ひ給ひければ、「信義」と名乗りたりけり。宮、感情にたへず、「双調の君なりけり」とのたまはせける。それより((「それより」は底本「くれより」。諸本により訂正。))天下みな「双調の君」と号しけるとぞ。 ===== 翻刻 ===== 博雅卿は上古にすくれたる管絃者也けりむまれ侍ける 時天に音楽の声きこえけりその比東山に聖心上人と いふ人ありけり天をきくに微妙の音楽あり笛二笙二/s162l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/162 箏琵琶各一鼓一きこえけり世間の楽にも似す不可思議 に目出たかりけれは上人あやしみて庵室を出て楽の声 に付て行けれは博雅のむまるる所にいたりにけりむま れおはりて楽のこゑはととまりぬ上人他人にかたる事 なし数日をへて又彼所へむかひてその生児の母に この瑞想をかたり侍けるとなん彼卿は子息二人ありけり 一人は信義笛の上手也一人は信明琵琶の上手也けり信 義をは双調の君とそ号しけるそのゆへは式部卿宮時の 管絃者伶人等を率して河陽にあそひ給ける明月 の夜暁にのそみて河霧ふかきうちに双調調子をふき てすくる舟ありそのふねやうやうきたりちかつくをきくに/s163r まことに神妙なりけり我朝に比類なき笛なり誰人 ならんと人々あやしうおもひあへるに船は霧にこめられて 見えすうちかひのおとはかりきこえてすてに舟と船と 行かふ時親王たれにかと問たまひけれは信義と名のり たりけり宮感情にたへす双調の君なりけりと のたまはせけるくれより天下みな双調の君と号しける とそ殿上の其駒は知たる人すくなし能信大納言法成寺の/s163l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/163