[[index.html|古今著聞集]] 和歌第六
====== 190 花園左大臣の家に初めて参りたりける侍の名簿の端書きに・・・ ======
===== 校訂本文 =====
花園左大臣((源有仁))の家に、初めて参りたりける侍の、名簿(みやうぶ)の端書きに「能は歌詠み」と書きたりけり。
大臣(おとど)、秋の始めに南殿に出でて、はたおりの鳴くを愛しておはしましけるに、暮れけ
れば、「下格子(げかうし)に人参れ」と仰せられけるに、「蔵人五位たがひて、人も候はぬ」と申して、この侍参りたるに、「たださらば、なんぢ下ろせ」と仰せられければ、参りたるに、「なんぢは歌詠みな」とありければ、かしこまりて御格子下ろしさして候ふに、「このはたおりをば聞くや。一首つかうまつれ」と仰せられければ、「青柳(あをやぎ)の」と初めの句を申し出だしたるを、候ひける女房達、「折に合はず」と思ひたりげにて、笑ひ出だしたりければ、「物を聞き果てずして笑ふやうやある」と仰せられて、「とくつかうまつれ」とありければ、
青柳のみどりの糸を繰りおきて夏へて秋ははたおりぞ鳴く
と詠みたりければ、大臣感じ給ひて、萩織りたる御直垂を押し出だして賜はせけり。
寛平哥合に「初雁(はつかり)」を、友則((紀友則))、
春霞霞みていにしかりがねは今ぞ鳴くなる秋霧の上に
と詠める、左方にてありけるに、五文字を詠みたりける時、右方の人、声々に笑ひけり。さて次句に「霞みていにし」と言ひけるにこそ、音もせずなりにけれ。同じことにや。
===== 翻刻 =====
花園左大臣家にはしめてまいりたりける侍の名簿の
はしかきに能は哥よみと書たりけりおとと秋のはしめに南殿
に出てはたをりのなくを愛しておはしましけるにくれけ
れは下格子に人まいれと仰られけるに蔵人五位たかひて
人も候はぬと申てこの侍まいりたるにたたさらは汝おろせ
と仰られけれはまいりたるに汝は哥よみなとありけれはかし
こまりて御格子おろしさして候にこのはたをりをはきく
や一首つかうまつれとおほせられけれはあをやきのと
はしめの句を申出したるをさふらひける女房達おりに
あはすと思たりけにてわらひ出したりけれは物をききはて
すしてわらふやうやあると仰られてとくつかふまつれと/s139r
ありけれは
青柳のみとりのいとをくりをきて夏へて秋ははたをりそなく
とよみたりけれはおとと感し給て萩をりたる御ひたたれ
ををしいたしてたまはせけり
寛平哥合にはつ雁を友則
春霞かすみていにしかりかねは今そなくなる秋霧の上に
とよめる左方にてありけるに五文字を詠たりける時右方
の人こゑこゑにわらひけりさて次句に霞ていにしといひ
けるにこそ音もせす成にけれおなしことにや/s139l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/139