[[index.html|古今著聞集]] 和歌第六 ====== 171 能因入道伊予守実綱にともなひてかの国に下りたりけるに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 能因入道、伊予守実綱((藤原実綱))にともなひて、かの国に下りたりけるに、夏の始め、日久しく照りて、民の歎き浅からざるに、「神は和歌にめでさせ給ふものなり。試みに詠みて、三島((大山祇神社))に奉るべき」よしを、国司しきりに勧めければ、   天の川苗代(なはしろ)水にせき下せ天下ります神ならば神 と詠めるを幣(みてぐら)に書きて、社司して申し上げたりければ、炎旱の天にはかに曇りわたりて、大きなる雨降りて、枯れたる稲柴おしなべて緑(みどり)に返りにけり。たちまちに天災をやはらぐること、唐の貞観の帝((太宗))の、蝗(いなご)を呑めりける政(まつりごと)にも劣らざりけり。 能因はいたれる数寄者にてありければ、   都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関 と詠めるを、「都にありながらこの歌を出ださむこと念なし」と思ひて、人にも知られず、ひさしくこもり居て、色を黒く日に当りなして後、「陸奥(みちのくに)の方へ修行のついでに詠みたり」とぞ披露し侍りける。 ===== 翻刻 ===== 能因入道伊与守実綱にともなひて彼国にくたりたり けるに夏の始日久くてりて民のなけきあさからさるに 神は和哥にめてさせ給ものなりこころみによみて三嶋 にたてまつるへきよしを国司しきりにすすめけれは  天川苗代水にせきくたせあまくたります神ならは神 とよめるをみてくらにかきて社司して申あけたりけれは 炎旱の天俄にくもりわたりて大なる雨ふりてかれたる 稲柴をしなへてみとりにかへりにけり忽に天災をやはら くる事唐の貞観の御門の蝗をのめりける政にもをと/s127r らさりけり能因はいたれるすきものにてありけれは  都をは霞とともに立しかと秋風そふく白川の関 とよめるを都にありなから此哥をいたさむ事念なしと 思て人にもしられす久く籠居て色をくろく日にあた りなして後みちのくにのかたへ修行の次によみたりとそ 披露し侍ける/s127l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/127