[[index.html|古今著聞集]] 文学第五 ====== 131 高倉院の風月の御才は昔にも恥ぢぬ御事とぞ世の人申しける・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 「高倉院((高倉天皇))の風月の御才は、昔にも恥ぢぬ御事」とぞ、世の人申しける。されば好み((「好み」は底本「のみ」。諸本により補う。))、御沙汰もありけり。 治承二年六月十七日、延久の古き跡を尋ねて、中殿にて御作文ありけり。妙音院太政大臣(師)((藤原師長))・左大臣(実定)((藤原実定))・中宮大夫(隆季)((藤原隆季))・藤中納言(資長)((藤原資長))・権中納言(実綱)((藤原実綱))・右宰相中将(実守)((藤原実守))・式部大輔(永範)((藤原永範))・左大弁(俊経)((藤原俊経))・中将雅長朝臣((藤原雅長))・通親朝臣((源通親))・権右中弁親宗朝臣((平親宗))・蔵人左少弁兼光((藤原兼光))・蔵人勘解由次官基親((平基親))・蔵人右衛門佐藤原家実、押して召されけり。 式部大輔、題のことを承りて、「禁庭催勝遊(禁庭勝遊を催す)」と記して奉りけり。勧盃(けんぱい)果てぬれば、御遊(ぎよいう)を始めらる。太政大臣、玄象(げんじやう)を弾じ給ふ。ただし、前に置きて弾じ給はざりけり。唱歌(しやうが)をぞし給ひける。弦の切れたりけるにや。中宮大夫、笙を吹く。笛は主上吹かせおはしますべきよし、かねて聞こえけれども、さもなくて、藤大納言ぞつかうまつられける。中御門中納言宗家((藤原宗家))、拍子を取る。六角宰相家通((藤原家通))、箏を調ぶ。頭中将定能朝臣((藤原定能))、篳篥(ひちりき)を吹く。少将雅賢朝臣((藤原雅賢))、和琴(わごん)を弾じけり。呂、安名尊・鳥の破・席田・賀殿の急。律、伊勢の海・万歳楽・五常楽の急。 御遊果てて詩を置く。兼光を召して講ぜられけり。その後、太政大臣、御製を賜はりて、文台の上に開かれければ、式部大輔ぞ講じ奉る。  禁庭月下勝遊成 禁庭の月下勝遊成る  有管有絃有頌声 管有り絃有り頌声有り  宴席憖追延久跡 宴席なまじひに延久の跡を追ふも  詞花猶異昔風情 詞花なほ昔の風情に異らむ 発句の下七字、中宮大夫の詩に合ひて侍りければ、大夫、驚き騒ぐ気色あり。人々感じけるとぞ。 大臣、御製を取りて、懐中に入れ給ひけり。「延久に土御門右府((源師房))はかくもし給はざりけるに、いと興あり」とぞののしりける。座に帰り居給ひて後、数反詠じ給ひけり。まことに道にたへたる御こともあらはれて、めでたくぞ侍りける。左大将・左大弁も同じく詠じけり。その後、「令月」・「徳是(([[s_chomonju122|122]]参照。))」なども詠じ給ひけり。 かかるほどに、御製に作り合はせたる人、勅禄を賜はること、式部大輔申し出でたりけれども、「紀納言((紀長谷雄))のためしも年月定かならず」とて、大夫、すなはち作り直して、重ねられたりける。ゆゆしくぞ侍りける。 そもそも、今度の文人、めでたく選び召されたるに、右大弁長方((藤原長方))漏れにけること、人々怪しみあへり。いかなることにか、おぼつかなきことなり。右大弁、このことを恨みて、病と称して、参議・大弁両職を辞し申しけり。げには病まざりけるとかや。天気不快なりけるとぞ。 ===== 翻刻 ===== 高倉院の風月の御才はむかしにもはちぬ御事とそ世/s99r の人申けるされはのみ御沙汰もありけり治承二年 六月十七日延久のふるきあとを尋て中殿にて御作 文ありけり妙音院太政大臣(師)左大臣(実定)中宮大 夫(隆季)藤中納言(資長)権中納言(実綱)右宰相中将(実守) 式部大輔(永範)左大弁(俊経)中将雅長朝臣通親朝臣 権右中弁親宗朝臣蔵人左少弁兼光蔵人勘解由 次官基親蔵人右衛門佐藤原家実押めされけり 式部大輔題の事をうけ給て禁庭催勝遊としる してたてまつりけり勧盃はてぬれは御遊をはしめ らる太政大臣玄象を弾し給但前にをきて弾し たまはさりけり唱哥をそし給ける絃のきれたり/s99l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/99 けるにや中宮大夫笙をふく笛は主上ふかせをは しますへきよしかねてきこえけれともさもなくて 藤大納言そつかうまつられける中御門中納言宗家 拍子をとる六角宰相家通箏をしらふ頭中将 定能朝臣篳篥をふく少将雅賢朝臣和琴を 弾しけり呂安名尊鳥破席田賀殿急律 伊勢海万歳楽五常楽急御遊はてて詩ををく 兼光をめして講せられけり其後太政大臣御製を 給はりて文臺のうへにひらかれけれは式部大輔そ講 したてまつりける  禁庭月下勝遊成 有管有絃有頌声/s100r  宴席憖追延久跡 詞花猶異昔風情 発句下七字中宮大夫の詩にあひて侍けれは大夫おと ろきさはくけ色あり人々感しけるとそ大臣御製を とりて懐中に入たまひけり延久に土御門右府はかく もし給はさりけるにいと興ありとそののしりける座に かへりゐ給て後数反詠し給けりまことに道にたへ たる御事もあらはれてめてたくそ侍ける左大将左大 弁も同詠しけり其後令月徳是なとも詠給けりかかる 程に御製に作あはせたる人勅禄をたまはる事式部 大輔申出たりけれとも紀納言のためしも年月さたか ならすとて大夫すなはちつくりなをしてかさねられ/s100l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/100 たりけるゆゆしくそ侍りける抑今度の文人めてたく えらひめされたるに右大弁長方もれにける事人々あ やしみあへりいかなることにかおほつかなき事也右大弁 此事をうらみて病と称して参議大弁両職を辞 申けりけにはやまさりけるとかや天気不快なりけるとそ/s101r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/101