[[index.html|古今著聞集]] 釈教第二 ====== 46 浄蔵法師はやんごとなき行者なり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 浄蔵法師はやんごとなき行者なり。葛木山に行ひけるころ、金剛山の谷に、大きなる死人の屍(かばね)ありけり。頭・手・足続きて臥したり。苔青く生ひて、石を枕にせり。手に独鈷(とつこ)を握りたり。金色錆びずしてきらめきたり。 浄蔵、大きに怪しみて、その谷に留まりて、「これ何人の屍といふことを知らん」と、本尊に祈請しけるに、第五日の夜、夢に人告げていはく、「これは汝が昔の骨なり。すみやかに加持して、かの独鈷((「独鈷」は底本「独銀」。諸本により訂正。))を得べきなり((「得べきなり」は底本「得人きなり」。諸本により訂正。))」と言ふ。覚めて、屍に向ひて声を上げて加持するに、屍はたらき動きて、起き上がりて、掌(たなごころ)を開きて、独鈷を浄蔵に与へてけり。 その後、薪を積みて、葬(はふ)りて、上に石の率都婆を立てたり。件(くだん)の率都婆、今にかの谷にありとなん。ここに浄蔵は多生の行人なりといふことを知りぬ。 また比叡山((延暦寺))横川に三年こもりて、六道の衆生のために、毎日法華経六部を読み、三時の行法を修し、六千反(べん)の礼拝をいたして廻向しけり。その時、護法、形を現はして、花を取り水を汲みて、給仕し給ひけり。 同じ住山のころのことにや、七月十五日安居(あんご)の終る夜、験比べを行ひけるに、朗善和尚の弟子に修入といふやんごとなき験者につがひにけり。そのころは石に護法をば付けけり。第六のつがひにて、まづ浄蔵出でてゐる。次に修入出でてゐる。 浄蔵がいはく、「生年七歳より父母の懐(ふところ)を出でて、山林を家として、雲霧を敷物とす。日々に身をくだき、夜々に心をつひやす。ねんごろに肝胆をくだいて、またく身命を惜しまず。これあへて名利のためにせず。無上菩提のためなり。もし、われを知らば、縛(ばく)の石渡すべし」と言ふ。その時、縛の石、飛び出でて落ち上がること鞠のごとし。 ここに修入いはく、「縛の石、はなはだもの騒がし。はやく落ち居給へ」と。言葉にしたがひて、すなはち静まりぬ。大威徳呪をみてて、しばらく加持するに、あへてはたらかず。 浄蔵またいはく、「衆命によりて、かたじけなくも禅師につがひ奉り、禅下行業年深くして、観念よはひかたぶけり。その威徳を見るに、すでに在世の摩訶迦葉に同じ。あへて験を尊者に争ひ奉るにあらず。ただ三宝の証明をあらはさんがためなり」と言ひて、常在霊鷲山の句を上ぐ。その声、雲を響かして、聞く人心肝をくだく。 その時、縛の石、また動き踊りて、つひに中より割れて、両人の前に落ちゐぬ。二人とも((「とも」は底本「とり」。諸本により訂正。))に座を立ちて、互ひに拝みて入りにけり。みな人、涙を流さずといふことなし。 ===== 翻刻 ===== 浄蔵法師はやんことなき行者也葛木山に行なひけ る比金剛山の谷に大なる死人のかはね有けり頭手足 つつきてふしたり苔青く生て石を枕にせり手に独鈷 をにきりたり金色さひすしてきらめきたり浄 蔵大にあやしみて其谷に留てこれ何人のかはねといふ事 をしらんと本尊に祈請しけるに第五日の夜夢に人告 ていはくこれは汝か昔の骨也速に加持して彼独銀を 得人きなりといふさめてかはねに向て声をあけて加持す るにかはねはたらきうこきておきあかりて掌を開て/s42r 独鈷を浄蔵にあたへてけり其後薪を積てはふり てうへに石の率都婆をたてたり件そとはいまに彼 谷にありとなんここに浄蔵は多生の行人なりと云事 をしりぬ又比叡山横河に三年こもりて六道衆生の ために毎日法華経六部をよみ三時の行法を修し 六千反の礼拝をいたして廻向しけり其時護法かた ちをあらはして花をとり水を汲て給仕し給けり同 住山の比の事にや七月十五日安居のおはる夜験くらへ を行けるに朗善和尚の弟子に修入といふやんことな き験者につかひにけり其比は石に護法をはつけけり 第六のつかひにて先浄蔵出てゐる次修入出てゐる浄蔵/s42l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/42 か云生年七歳より父母のふところを出て山林を家として雲 霧をしき物とす日々に身をくたき夜々に心をついやす ねんころに肝膽をくたひてまたく身命をおしますこ れあへて名利のためにせす無上菩提のためなり もし我をしらははくの石わたすへしといふ其時はくの 石飛出ておちあかる事鞠のことしここに修入いはく はくの石はなはた物さはかしはやく落居給へと詞に 随て則しつまりぬ大威徳呪をみてて暫加持するに あへてはたらかす浄蔵又云衆命によりて忝禅師に つかひたてまつり禅下行業年ふかくして観念よは ひかたふけり其威徳をみるにすてに在世の摩訶迦葉に/s43r おなしあへて験を尊者にあらそひたてまつるにあら すたた三宝の証明をあらはさんかためなりといひて 常在霊鷲山の句をあくそのこゑ雲をひひかして きく人心肝をくたく其時はくの石又動おとりてつゐ に中よりわれて両人のまへにおち居ぬ二人とりに座 を立て互にをかみて入にけりみな人涙をなかさすと いふ事なし/s43l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/43