[[index.html|古今著聞集]] 釈教第二 ====== 38 嵯峨天皇の御時天下に大疫の間死人道路に満ちたりけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 嵯峨天皇の御時、天下に大疫の間、死人道路に満ちたりけり。これによりて、天皇みづから金字の心経((般若心経))を書かせ給ひて、弘法大師((空海))に供養せさせ奉られけり。その効験、私の言葉をもて述ぶべからず。 奥に大師、記を書かせ給へり。その御記いはく、 于時弘仁九年春、天下大疫。爰帝皇自染黄金於筆端、擡紺紙於爪掌、奉写般若心経一巻。予範講経之撰、綴経旨之宗((底本「宗」なし。諸本により補う。))、未待結願之詞、蘇生族溢其途、夜変日光赫々。是非愚身戒徳、金輪御信力所為也。但詣仏舎輩、奉誦此秘鍵。昔予陪鷲峯説法之筵、親聞此深文。豈不達其儀而已。 >時に弘仁九年春、天下大疫す。爰に帝皇自ら黄金を筆端に染め、紺紙を爪掌に擡(もた)げ、般若心経一巻を写し奉る。予講経の撰に範として、経旨の宗を綴るに、いまだ結願の詞を待たずして、蘇生する族その途に溢(あふ)れ、夜変じて日光赫々たり。これ愚身の戒徳にあらずして、金輪の御信力の所為なり。但し仏舎に詣ずる輩、この秘鍵を奉誦せよ。昔、予、鷲峰の説法の筵に陪して、親しくこの深文を聞く。あにその儀に達せざらんや。 その時の御経・かの御記、嵯峨大覚寺にいまだありとなん。 ===== 翻刻 ===== 嵯峨天皇御時天下に大疫の間死人道路に満たり けりこれによりて天皇みつから金字の心経をかかせ給て 弘法大師に供養せさせ奉られけり其効験私の詞を もてのふへからす奥に大師記をかかせ給へり其御記云 于時弘仁九年春天下大疫爰帝皇自染黄金於筆端 擡紺紙於爪掌奉写般若心経一巻予範講経之撰綴 経旨之未待結願之詞蘇生族溢其途夜変日光赫々 是非愚身戒徳金輪御信力所為也但詣仏舎輩奉 誦此秘鍵昔予陪鷲峯説法之筵親聞此深文豈不/s36l http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/36 達其儀而已其時の御経彼御記嵯峨大覚寺にいまた有となん/s37r http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/37