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杭州~蘇州

2002/08/10(土)杭州~湖州 くもり

Aの具合がよくなかったため、2日よけいに費やし、杭州に着いてすでに6日たっている。

午前9時、ホテルを出て、出発。一旦、大運河の終点サンバオへ向かう。ここは、いかにも港町といった風情だ。11時すぎ、そこから今日の目的地、湖州へ。

T、A共に荷物が多すぎ苦労する。というのも、地図上予想されていたことだが、前回の旅と違い、坂が多いのだ。といっても、日本の坂を知っている私などからすれば、まったくたいしたことがないのだが、二人にはきつかったようだ。

そのうえAは、体調が完全でなく、まるで鬼のような形相で走っている。先頭を走っていた僕はTが見えなくなったので、僕が

「おいA、Tが見えないがどうした?」と言うと、

「分りません」と、鬼のA。

「分りませんって・・・」

僕はAに先に行くようにうながし、スピードをゆるめた。そのとたん、Aが私の自転車につっこみ落車。合図を見る余裕もなかったのだ。

「まずい」車の通りのはげしい道路だったので、一瞬ひかれたのではないかと思った。さいわいケガはなかったが、一歩間違えれば大事故になるところだった。Tは100メートルほど後方にいた。荷物が重くてスピードが出せないらしい。

杭州を出てすぐは竹の産地らしく、竹製品の直売所が軒をつらねる。竹の家具など、どれも欲しいものばかりだが、家具じゃあ買うわけにはいかない。

途中、私のリヤタイヤがパンク。今回の自転車はセミスリックなので、走りやすいがパンクもしやすい。金属片をひろってしまったのだ。

七時ごろ、湖州に到着。Aはもうヘロヘロだ。時間も遅いしゆっくり宿を探しているひまはない。とりあえず、バス駅近くの星なしホテルに泊まる。あまりきれいなホテルではないが、部屋は広く二部屋で、一部屋がA、もう一部屋が僕とTということにした。バス駅の回りは、あまり開けた感じではなく、大きなビルもない。となりに杭州という大きな町があるからこんなものだろうと思ったのだが・・・。

Aがもう動けそうにないので、カロリーメイトを置いて、僕とTで町を散策、兼夕食。すると、旅館から道一本へだてた向こうは、まるで銀座のような町だった。私たちは、知らずにこんなものだろうと町はずれに宿を取ってしまったのだ。

夕食にTとレンギョ入り火鍋を食う。うまかったが、どういうわけか、コンロがテーブルにむきだしにはまっており、またぐらが熱かった。

Aの様子がすぐれないようなので、Tと相談し、もう一泊湖州に泊まることにする。

2002/08/11(日)湖州(二泊目) はれ

Aの具合があまりよくないようなので、中華料理は避け、マクドナルドで昼食。Aはそのまま宿へ帰る。僕とTは湖州見物。飛英塔なる仏塔を見に行く。

飛英塔はそれほど大きな塔ではないが、中に大きな石の塔を蔵している。わかりやすくいえば、一階から五階ぐらいまでがつつぬけなのである。だから、階段の幅も狭くて、登るのにスリルがある。

飛英塔の前の公衆トイレでうんこをする。有料トイレなのだが、集金のオヤジになにやら聞かれた。何をいっているかさっぱりわからないので、とりあえず、一元渡すとおつりを八角とちり紙を数枚くれた。

そのあと、Tが入ったのだが、あとで聞くと「ウンコか?ションベンか?」と聞かれたという。つまり、ウンコなら二角で小便なら一角なのだ。中国の有料トイレは何度か入ったが、どっちをするか聞かれたのは初めてだ。

湖州は湖筆という筆の名産地である。最近できたという「湖筆博物館」へ行く。とてもかわいいおねえさんが、日本語で解説してくれた。この手の博物館へ行くと、あまりのショボさにがっかりすることが多いが、ここは実際に筆を作っているところも見せてくれて、非常によい。

一旦、宿へ帰り、Aと夕食を食べる。Aの体調を考え、あやしい料理屋よりはホテルのレストランがいいだろうということで、湖州飯店なるホテルのレストランへ行く。しかし、ここは湖州を代表するような名前を付けておきながら、あまりよくなかった。服務員もまったくやる気がない。味も、まずくもないし、うまくもないといった感じだ。

2002/08/12(月)湖州~長興県 くもり

今日はがんばれば、宜興まで行けるだろう。しかし、Aの体調が心配なので、30キロ程度の長興県までにする。距離は短いが、道が悪く工事が多い。工業地帯らしく空気もよくない。

昼前には長興県に到着。「県」というわりには開けた町だ。Aに宿を選ばせる。星はついていないが、なかなかよい宿を選ぶ。

昼食に小鍋料理を食べる。なかなかうまい。くどくないので、具合の悪いAにもいいだろう。たいして見るべき所もなさそうなので、そこで酒を飲んで、宿で寝た。

六時ごろ、町を散策する。公園内のこざっぱりした茶館で茶を飲む。龍井茶が15元だった。Aは烏龍茶を注文したが、どういうわけかおもいっきり茶葉の量が多い。大サービスだ。

その後、大好きな夜市へ行く。衣料品や雑貨が中心の夜市だったが、田舎のせいか、杭州にくらべると格段に安い。ドロボーよけポケット付きパンツなどを購入。それにしても、このパンツ何故かごていねいに「泥棒よけパンツ」とでかでかと書いてある。そんなこと書いたら、ますます狙われるんじゃないか?

2002/08/13(火)長興県~宜興 くもり

長興県の宿を出て、ホテルの裏道の自転車置き場へ行くと、オヤジがヘビをさばいていた。ヘビをさばくオヤジの隣りには、女の子が切り落とされたヘビの頭で遊んでいる。なかなかいい光景だ。Tが写真をとらせてもらおうとしたのだが、断わられた。

そこから数十分、ゆるやかなアップダウンをくりかえすと、太湖へ出る。とつぜん巨大な湖にでるので、なかなか感動ものだが、工事と天気の悪さで、景観はあまりよくない。

そこから、一時間ほど行ったところで、昼食を食う。愛想のいいオバサンと娘さんでやっている小さな店だが、なかなかうまい。灰皿をおねがいすると、娘さんが「こんなに大きいんだよ~」といって持ってきた。さすが宜興に近いだけあって、宜興製の巨大灰皿だ。ここで太湖産の塩茹で手長エビを食う。ちょっと危険かなとも思ったが、なかなかうまい。もちろん当たらなかった。

おばさんが日本のお金を見せてくれというので、50円玉を見せた。こういう時には、世界的に珍しい穴あき硬貨を見せるのがセオリーだ。こんなに小さいのに3元もの価値があるのかと感心していた。

ここから先は陶器を焼く工場と陶器、太湖石を売る市が街道沿いに見られる。そのせいか空気がよくない。

途中、宜興紫砂博物館を見物。正直言って展示はたいしたことがないが、ここでは工房が見られる。そこでは直売もしているので、買うのは少々高くついてもここでするのがいい。私はあまり興味がなかったのだが、またしてもTとAはここで急須を買っていた。

ここが町の中心かとおもいきや、中心はまだまだ先である。

宜興市そのものは、普通の町である。ともすれば、長興県のほうが発展しているように見える。しかも、「陶都」と名乗っているわりには、陶器を売っている店がほとんどない。まあ、考えてみれば、町の中心で陶器を製造しているわけがないので、しかたがないのかもしれない。

この町の人々は交通ルールを守らない。こう書くと、中国人はみな交通ルールを守らないではないかと言われそうだが、実際には暗黙の了解があるのだ。これは、実際に走った人でないと分らないだろう。しかし、この町では、自転車が平気で逆走してきたりして、とても走りにくかった。

夕食はザリガニ。ここの名物なのだろうか、あちこちに看板があった。手が汚れるので、ビニール手袋を渡される。しかし、私たちはなれないので、なかなかうまく食べられない。ごうを煮やしたのか、店員が模範を見せてくれた。それでもうまくいかない。意外とうまいんだけど・・・

2002/08/14(水)宜興(二泊目)くもり

Tのたっての希望で、もう一日宜興に泊まる。朝食後、Aを宿に置いて私とTは徐悲鴻記念館へ行く。行くまえにKさんに聞いていたとおり、たいしたことはない。

その後、周王廟へ。周王廟そのものはたいしたことがなかったが、入口の門の上に茶館があり、ここがなかなかいい。

茶館といってもピンからキリまである。ここはピンの方だ。

どういうことかというと、茶館とはその名のとおり、お茶を飲ませる喫茶店のようなものなのだが、純粋においしい茶を飲ませる店と、お茶代で場所を提供するのが目的の店がある。ここは後者である。

ここでは、一杯なんと一元。紅茶のような味だったが、決してまずくはない。ここにお湯をつぎたしつぎたししていくのである。

ここは地元の年寄のいこいの場になっている。前に据えつけられているVCDを見ている者、数人でトランプをやっているもの、さまざまである。ここで、一杯のお茶で何時間もの時間をつぶすのだ。

僕の後にじいさんが来た。僕の座ったイスに手をかけている。後ろを通りたいのかなと思って、席を立つと、じいさんにとられてしまった。どうやらじいさんの特等席だったらしい。きっと毎日来ているのだろう。こういうのはまったく腹がたたない。

Tが言った。

「もしかしたら、僕達もじいさんで、これは若いころ自転車で走った夢なのかもしれない」

たしかに、ここにいるとそんな気がしてくる。時間がゆっくりと流れていくのだ。

帰りがけ、Tが、この茶館が何時からあいているのか聞いた。僕には聞きとれなかった。Tにも聞きとれなかったようで、もう一度聞くと、なんと「三時」!午前三時から開いているのだ。

さて、宿で待っているAのために、スーパーでパンをいくつかと、北京ダックを購入。僕のビクトリノックスで腑分けした。僕はナイフを使うのが好きだが、中国では活躍の場が多くてうれしい。

午後、Tはもと来た道をもどり、陶器工場及び宜興紫砂博物館へ。僕とAはしばらく休んだあと、喫茶店(こっちはコーヒーの)へ行ってお茶。

Tが戻ってきたのは六時すぎだ。大きなダンボール箱を一つもっている。中身はなんと陶芸の道具一式。なんでも、宜興の土は固いので、専用の道具でないと作れないのだという。道具は町中では売っておらず、農家の人から直接買わなければならなかったという。それにしても、バカな買物である。翌日、陶芸道具は日本に送った。

2002/08/15(木)宜興~無錫 くもり 後 あめ

天気がよくない。

無錫へ向かう途中、徐悲鴻故居へ。宜興郊外の村の川沿いの家である。小さな家で、開けてほしい人は電話をしてくれと書いてある。面倒なので、外見だけ見て去った。

対面の川では、ひっきりなしに船が行きかう。洗濯をしていたりして、生活感満点だ。船に乗った子供が箸を川の水につけて洗っているのはびっくりした。川の水があまりに汚ないからである。これなら洗わない方が清潔だろう。決っして裕福な村ではないが、なかなかいい味を出していた。

途中、昨日のスーパーで買った月餅を食う。このあたりの月餅は、中村屋の月餅のようなしっとりしたものではなく、固くしまったパイ生地のようなものでできており、なかなかうまい。ちょっと喉がかわくが糖分が多いので携帯食としては合格だ。

ちいさな食堂で昼食を食べて、しばらく走っていたら、雨が降ってきた。風がもつよくて、寒い。とても真夏とは思えない。後で聞いたら気温は19度だったという。

ずぶぬれになって、ガソリンスタンドで休憩。水を買う。Aが「加油站(ガソリンスタンド)で加水」と言った。加油は「がんばれ」という意味だ。がんばる気がうせる。休憩していると、どんどん寒くなってくる。

五時ごろ、無錫へ到着。全身、ずぶぬれのドロドロだ。おまけにTはパンクしてしまったらしい。目的地は近いので、とりあえず、バイク修理屋で空気を入れてもらう。

錫恵公園近くのしょぼい宿をとる。いちばん汚れていた僕は外で交渉するのを見ていたのだが、Aは入るなり宿のオヤジに「きたない!」といわれたそうだ。荷物ももうぐしゃぐしゃだ。ここは恵山泥人といって、泥人形で有名な町なのだが、僕たちが泥人みたいだった。

すぐに風呂に入り、自分達へのごほうびとして、近くのホテルで豪華な海鮮料理を食う。マテ貝、ホタテなど、最高にうまかった。

2002/08/16(金)無錫二泊目 くもり時々雨

朝、饅頭を食いつつ宿の近くの錫恵公園へ。とても広い公園だ。

ここには天下第二泉がある。鎮江の天下第一泉が、あまりに汚なかったので期待して来たのだが、なんとすきとおった美しい泉だ。水中にコインが落ちているのは気にくわない。日本人がやったんじゃあるまいな。

自転車を無錫で買い取ってもらうことにしたので、蘇州までのキップを買わなくてはいけない。駅へ向かう。工事中でひどいぬかるみだ。今回の旅では一番冒険的だ。

私は宿の便所サンダルで来てしまったので、蚊にくわれまくるは、ドロドロになるわで最悪の気分だった。あまりにひどいので、デパートにあった噴水で足を洗ったら、まわりの人(T、A含む)がザリガニのように引いていた。

いい汽車がないので、バスにすることにした。バスターミナルはすぐ近くだ。無事チケットをとり、帰ろうとすると、こんどは私の自転車がパンクしていた。

近くのデパートの地下で、自転車修理をしているので、そこでパンク修理をしてもらう。売り飛ばすのに修理するのはバカバカしいが、パンクを理由に買いたたかれるのは困るので、やむをえまい。

結局、自転車は宿の人が買ってくれることになった。TとAの自転車はサス付きなので、300元、サスのない僕の自転車は200元で売れた。買う買わないでずいぶんモメたが、もともと800元するものだし、ほとんどのっていないので、この値段は破格だ。とはいえ、前から欲しかったのならともかく、とつぜん買ってくれというのだから、難しい話である。いい人たちでよかった。

その後、夕食がてら散歩。チャーハン、素肌麺などを食う。Tが素肌麺とは何だと聞いたら、素肌が入った麺だという。これぐらいは聞きとれるので大爆笑。素肌が分らないんだよ。こっちは。

そこからAは宿へ、僕とTは夜の特別料金の錫恵公園へ。ライトアップしていてとてもロマンチックだが、あいてがTじゃなあ。オープンエアの茶館で雑技をやっていて面白かった。なかなかおとくな感じだ。

その後、さらに別の茶館へ。なんと、あのビールサーバータイプの急須が出てくるではないか。Tが値段を聞いてみると意外に安い。と、いうことでKさんへのおみやげに、自転車を売った金で買うことに決定。

2002/08/17(土)無錫~蘇州 はれ

朝、僕は宿で仕度、TとAは急須を買いに行った。錫恵公園の近くは宜興よりも焼き物屋がおおいのだ。

その後、バスに乗って蘇州へ。バスターミナルでバスに乗ろうとして、先頭にいたAが止められた。なんとチケットが明日のものだったのだ。Tが切符売場で掛け合ってなんとか次のバスを取る。Tの責任ではないが、どうも切符運が悪いのはTのせいに思えてならない。

途中、バスの中から外資系のお城のようなホテルを見る。いかにも、観光地へ来たという感じだ。

昼ごろ、バスターミナルに到着。とりあえず、マクドナルドで昼食をすませ、宿さがしへ。やたらと声をかけられる。たいがい五洲飯店という巨大ホテルの斡旋だ。そんなのはもったいないので、バスターミナル近くの宿を探すが、このあたりは、かなり大きなホテルでも外国人おことわりで、外貿賓館なる国営ホテルに泊まる。しかし、さすが国営、サービスの悪いこと悪いこと。

それにしても、今回は、こんなことは始めてだ。どうも、つい最近できたきまりらしい。時代に逆行しているのである。それだけ外国人の観光客が多いということだろう。

拙政園という有名な庭園に入る。なんと、入場料40元である。中は観光客だらけ。日本人、欧米人が多い。世界遺産らしいが、錫恵公園の方がよっぽどいい。

夜、夕食を食べて、散歩。明日の予定について話あう。

Aの都合で、19日には上海にいかなければならないのだ。Aは上海見物も希望しているので、明日上海に行かなければならない。となると、僕は一人で杭州へ行かなければならない。

僕はバスで行くことを希望したのだが、船で行くことになった。ひどい話だ。

2002/08/18(日) 蘇州二泊目

朝、レンタサイクルを借りて、杭州行きの船と、二人の乗る汽車のチケットをとりに行く。まったくひどい自転車で、ブレーキがまともに効かない。ほんの二日前まで立派な自転車に乗っていたのにと、悲しい気持になった。

無事、船のチケットをゲット。63元の四人部屋だ。しかし、まさかあんな船だとは・・・。

埠頭のトイレでうんこをしていると、個室(扉がないから個室じゃないけど)の隣りから魔の手が伸びる。「中川く~ん」Tである。別に私にいたずらしようとして、入ったわけではないが、そこは日本人同士、ついつい同じようなところを選んでしまうわけで、防犯上隣りを見たら、僕がいたというわけだ。一気にうんこがひっこんだ。

その後、Tは知り合いの店に、僕とAは一旦ホテルに帰り、その後、北寺塔で落ち合うことになった。

北寺塔にも茶館があった。ここの茶館は日変わりで劇をやっている。今日は上海劇と歌だ。茶館は満員。ここには観光客はほとんどいない。

さて、僕の船の時間がせまったいるので、茶館を辞し、自転車を返して船着場までいって夕食。二人とはここでお別れだ。僕と別れた後、TとAは上海へ行くことになっている。三人の旅は終ったのだ。

そしてここから僕は一人で船に乗って杭州へもどらなくてはならないのだが・・・。

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wmr/suzhou.txt · 最終更新: 2014/05/10 18:43 by Satoshi Nakagawa