text:yomeiuji:uji194
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text:yomeiuji:uji194 [2014/04/22 14:02] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji194 [2019/12/07 15:15] – Satoshi Nakagawa | ||
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+ | 宇治拾遺物語 | ||
====== 第194話(巻15・第9話)仁戒上人、往生の事 ====== | ====== 第194話(巻15・第9話)仁戒上人、往生の事 ====== | ||
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**仁戒上人、往生の事** | **仁戒上人、往生の事** | ||
- | これも今はむかし、南京に仁戒上人といふ人ありけり。山階寺の僧なり。才学寺中にならぶ輩なし。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 然に、俄に道心をおこして、寺を出んとしけるに、その時の別当興正僧都、いみじう惜みて、制しとどめて、出し給はず。しわびて、西の里なる人の女を妻にして通ければ、人々、やうやうささやきだちけり。「人にあまねくしらせん」とて、家の門に、此女の頸にいだきつきて、うしろに立そひたり。行とをる人、みてあさましがり、心うがる事限なし。いたづら物に成ぬと、人にしらせんためなり。 | + | これも今は昔、南京((奈良))に仁戒上人といふ人ありけり。山階寺((興福寺))の僧なり。才学、寺中に並ぶ輩(ともがら)なし。 |
- | さりながら、此妻と相具しながら、更に近づく事なし。堂に入て、夜もすがら眠ずして、涙をおとして行ひけり。此事を別当僧都聞て、弥たうとみて喚よせければ、しわびて逃て、葛下郷の郡司が聟に成にけり。念珠などをもわざと持ずして、只心中の道心は弥堅固に行けり。 | + | しかるに、にはかに道心をおこして、寺を出でんとしけるに、その時の別当興正僧都、いみじう惜しみて、制しとどめて、出だし給はず。しわびて、西の里なる人の女(むすめ)を妻にして通ひければ、人々、やうやうささやき立ちけり。「人にあまねく知らせん」とて、家の門に、この女の頸に抱(いだ)きつきて、後ろに立ちそひたり。行き通る人見てあさましがり、心憂がることかぎりなし。「いたづら者になりぬ」と、人に知らせんためなり。 |
- | 爰に、添下郡の郡司、此上人に目をとどめて、ふかくたうとみ思ければ、跡も定めず、ありきける尻に立て、衣食沐浴等をいとなみけり。上人思やう、「いかに思て、この郡司夫妻は、ねん比に我を訪らん」とて、その心を尋ければ、郡司答るやう、「何事か侍らん。ただ貴く思侍れば、かやうに仕也。但、一事申さんと思事あり」といふ。「何事ぞ」と問ば、「御臨終の時は、いかにしてか値申べき」といひければ、上人心にまかせたる事のやうに、「いとやすき事に有なん」と答れば、郡司、手をすりて悦けり。 | + | さりながら、この妻とあひ具しながら、さらに近付くことなし。堂に入りて、夜もすがら眠らずして、涙を落して行ひけり。このことを別当僧都聞きて、いよいよ貴みて呼び寄せければ、しわびて逃げて、葛下郷(かづらきしものさと)の郡司が聟になりにけり。念珠などをもわざと持たずして、ただ心中の道心はいよいよ堅固に行ひけり。 |
- | さて、年比過て、或冬雪ふりける日。暮がたに、上人、郡司が家に来ぬ。郡司喜て、例の事なれば、食物下人どもにもいとなませず、夫婦手づから、みづからしてめさせけり。湯などあみて伏ぬ。暁は又、郡司夫妻とくおきて、食物種々にいとなむに、上人の臥給へる方より、かうばしき事限なし。匂一家に宛まり、「是は名香など焼給なめり」とおもふ。「暁はとく出ん」との給つれども、夜明るまでおき給はず。郡司、「御粥いできたり。此由申せ」と御弟子にいへば、「腹あしくおはする上人なり。あしく申て打れ申さん。今おき給なん」といひてゐたり。 | + | ここに、添下郡(そふのしものこほり)の郡司、この上人に目をとどめて、深く貴み思ひければ、跡も定めず歩(あり)きける尻に立ちて、衣食・沐浴などを営みけり。上人思ふやう、「いかに思ひて、この郡司夫妻は、ねんごろにわれをとぶらふらん」とて、その心を尋ねければ、郡司答ふるやう、「何事か侍らん。ただ貴く思ひ侍れば、かやうにつかまつるなり。ただし、一事申さんと思ふことあり」と言ふ。「何事ぞ」と問はば、「御臨終の時、いかにしてか会ひ申すべき」と言ひければ、上人、心にまかせたることのやうに、「いとやすきことにありなん」と答ふれば、郡司、手をすりて悦びけり。 |
- | さる程に、日も出ぬれば、「例はかやうに久しくはね給はぬに、あやし」と思て、よりてをとなひけれど、をとなし。ひきあけてみれば、西に向、端座合掌して、はや死給へり。浅増き事限なし。郡司夫婦、御弟子共など、悲泣み、かつはたうとみ、おがみけり。「暁、かうばしかりつるは、極楽の迎なりけり」と思あはす。 | + | さて、年ごろ過ぎて、ある冬、雪降りける日、暮れ方に、上人、郡司が家に来ぬ。郡司、喜びて、例のことなれば、食物、下人どもにも営ませず、夫婦手づから、みづからして召させけり。湯など浴みて臥しぬ。暁はまた、郡司夫妻とく起きて、食物種々に営むに、上人の臥し給へる方、香ばしきことかぎりなし。匂ひ一家に宛まり((「宛まり」底本ママ。))、「これは名香など焼き給ふなめり」と思ふ。「暁はとく出でん」とのたまひつれども、夜明くるまで起き給はず。郡司、「御粥出で来たり。このよし申せ」と御弟子に言へば、「腹悪しくおはする上人なり。悪しく申して打たれ申さん。今起き給ひなん」と言ひてゐたり。 |
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+ | さるほどに、日も出でぬれば、「例は、かやうに久しくは寝給はぬに、あやし」と思ひて、寄りておとなひけれど、音なし。引き開けて見れば、西に向ひ、端座合掌して、はや死に給へり。あさましきことかぎりなし。郡司夫婦、御弟子どもなど、悲しみ泣きみ、かつは貴み拝みけり。「暁、香ばしかりつるは、極楽の迎へなりけり」と思ひ合はす。 | ||
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+ | 「『終りに会ひ申さん』と申ししかば、ここに来給ひてけるにこそ」と、郡司、泣く泣く葬送のこともとり沙汰しけるとなん。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | これも今はむかし南京に仁戒上人といふ人ありけり山階寺の僧/下106オy465 | ||
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+ | なり才学寺中にならふ輩なし然に俄に道心をおこして | ||
+ | 寺を出んとしけるにその時の別当興正僧都いみしう惜みて | ||
+ | 制しととめて出し給はすしわひて西の里なる人の女を妻に | ||
+ | して通けれは人々やうやうささやきたちけり人にあまねくしら | ||
+ | せんとて家の門に此女の頸にいたきつきてうしろに立そひたり | ||
+ | 行とをる人みてあさましかり心うかる事限なしいたつら物に | ||
+ | 成ぬと人にしらせんためなりさりなから此妻と相具しなから更に | ||
+ | 近つく事なし堂に入て夜もすから眠すして涙をおとして行ひ | ||
+ | けり此事を別当僧都聞て弥たうとみて喚よせけれはしわひて | ||
+ | 逃て葛下郷の郡司か聟に成にけり念珠なとをもわさと持すし | ||
+ | て只心中の道心は弥堅固に行けり爰に添下郡の郡司此上人に | ||
+ | 目をととめてふかくたうとみ思けれは跡も定めすありきける尻に | ||
+ | 立て衣食沐浴等をいとなみけり上人思やういかに思てこの郡司/下106ウy466 | ||
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+ | 夫妻はねん比に我を訪らんとてその心を尋けれは郡司答るやう | ||
+ | 何事か侍らんたた貴く思侍れはかやうに仕也但一事申さんと | ||
+ | 思事ありといふ何事そと問は御臨終の時いかにしてか値申 | ||
+ | へきといひけれは上人心にまかせたる事のやうにいとやすき事に | ||
+ | 有なんと答れは郡司手をすりて悦けりさて年比過て或冬雪 | ||
+ | ふりける日暮かたに上人郡司か家に来ぬ郡司喜て例の事なれは | ||
+ | 食物下人ともにもいとなませす夫婦手つからみつからしてめさせ | ||
+ | けり湯なとあみて伏ぬ暁は又郡司夫妻とくおきて食物種々に | ||
+ | いとなむに上人の臥給へる方かうはしき事限なし匂一家に宛 | ||
+ | まり是は名香なと焼給なめりとおもふ暁はとく出んとの給つれとも | ||
+ | 夜明るまておき給はす郡司御粥いてきたり此由申せと御弟子に | ||
+ | いへは腹あしくおはする上人なりあしく申て打れ申さん今おき給 | ||
+ | なんといひてゐたりさる程に日も出ぬれは例はかやうに久しくはね給/下107オy467 | ||
+ | |||
+ | はぬにあやしと思てよりてをとなひけれとをとなしひきあけて | ||
+ | みれは西に向端座合掌してはや死給へり浅増き事限なし | ||
+ | 郡司夫婦御弟子共なと悲泣みかつはたうとみおかみけり暁かう | ||
+ | はしかりつるは極楽の迎なりけりと思あはすおはりにあひ申さん | ||
+ | と申しかはここに来給てけるにこそと郡司泣々葬送の事も | ||
+ | とりさたしけるとなん/下107ウy468 | ||
- | 「『おはりにあひ申さん』と申しかば、ここに来給てけるにこそ」と郡司、泣々葬送の事もとりさたしけるとなん。 |
text/yomeiuji/uji194.txt · 最終更新: 2019/12/07 15:46 by Satoshi Nakagawa