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text:yomeiuji:uji189 [2017/10/06 22:47]
Satoshi Nakagawa [第189話(巻15・第4話)門部府生、海賊射返す事]
text:yomeiuji:uji189 [2019/12/03 22:45] (現在)
Satoshi Nakagawa
ライン 6: ライン 6:
 **門部府生、海賊射返す事** **門部府生、海賊射返す事**
  
-是も今はむかし、かどべの府生といふ舎人ありけり。わかく身はまづしくてぞありけるに、ままきをこのみて射けり。よるもいければ、僅なる家の葺き板をぬきて、ともしていけり。妻もこの事をうけず。近辺の人も、「あはれ、よしなき事をし給物かな」といへども、「我家もなくてまどはんは、たれもなにかくるしかるべき」とて、なをふき板をともしている。これをぞしらぬもの、ひとりもなし。+===== 校訂本文 =====
  
-かくする程に葺板みなうせぬ。はてにたる木、こたきつ又後には、棟、うつはり、焼つ。後には、柱みなりたきつ。「これ浅ましき物のさまか」といひあひた程に、敷、したげたまでみなわりたきて、人の家にやどりたりるを家主、此人やうだいみるに、「此家こぼちたきんず」と思て、いとへども、「さのみこそあれ。待給へ」など、いひてすぐる程に、よく射よしきこえありて、いだされ、賭弓つかうまつに、めでたくいけ叡感ありて、はてには相撲の使にくだりぬ+是も今は昔、門部(どべ)の府生(ふしやう)といふ舎人ありけり。若く、貧しくぞありけるに、ままき好みて射けり。夜も射れば、わづけなる家の葺(ふきい)を抜きて、灯して射けり。妻もこことをう近辺人も、「あはれ、よしなきことをし給ふのかな」とへども、「わが家もくてまはんは誰(たれ)も何か苦かるべ」とて、なほ葺板を灯して。こをそしらぬ者一人もなし
  
-よき相撲おほく催出ぬ。かずしらず物うけてのぼけるに、ね島といふ所海賊のあつまるなり、過行程、ぐしたるののいふやう、「あれ御覧候へ。あ舟共は海賊の舟どそ候めれ。こはいかがせさせ給べき」といへば、此かべの府生いふやう、「のこ、なさはぎそ。千万人の海賊ありとも、今みよといひて、皮子賭弓の時きたける装束とりいでて、うるはくしやうぞきて、冠、老懸など、あべき定ければ、従者ども「こは物くるせ給か。叶はぬまでも、楯きなどし給へし」といりめきあり。+かくするほ葺板みな失せぬ。はてには垂木(たるき)・木舞(こひ)を割焚きつ。また後棟・梁(うつり)焼きつ。後に、桁(けた)・柱みな割り焚き。「これ、あさしきもののさまかな」と言ひあひたほどに、板敷、下桁(したげた)まで、み焚きて隣の人の家宿りりけを、家主、このやうだい見るに、「ぼち焚なんず」と思ひて、厭(と)へど、「こそあれ待ち給へなど言ひて過ぐるほどに、よく射るよし聞こえありて、出だされて、賭弓(のりゆみ)つかふまつるに、めでたく射ければ、叡感ありて果てには相撲の使(つかひ)に下
  
-うるはくとりつけて、かぬぎてめてうしろみはして、屋形のへに立、「いまは四十六ぶによたるか」といへば従者共、「大たとかく申に及ず」て黄水をつきあひたり。「いかに、かよりきたる」といへば「四十六ぶにちかづきさぶらひぬらん」と云時に、うは屋かへでて、あべきやうにゆだちして弓をさしかざして、しばしりてうちげたれば、海賊が宗とのもくろばみたる物きて、あかき扇をひらきつかひて、「とくとくこぎよせて、乗うつりて、うつしとれ」とども、この府生、さはがずして、引かためて、とろとろとはなちて、弓たししてみやれば、の矢目にもみえずして、宗との海賊がゐたる所へ入ぬ。はやく左の目に此いたづきたちにけり。海ぞく「や」とひて、扇をなげすてて、のけざまにたをれぬ。矢をぬきてみ、うるはしく、など時のやうにもあらず。ちり斗の物なり。こを此海賊どもみて、「やや、うちある矢もあらざりけり神箭りけり」といひて、「とくとく、をのをのこぎもどりね」とて逃にけり。+よき相撲ども、多く催出でぬ。また、数知らず物まうりけるに、かばね島いふ所は海賊の集まる所なり。過ぎ行ほどに、具したる者の言ふやう、御覧候へ。の舟どもは、海賊の舟どにこそ候ふめれ。こはがせさせ給ふべき」と、この門部の府生言ふやうこ、な騒ぎそ。千万人の海賊ありとも今見よ」とひて、皮子(かはご)より賭弓時着たりける装束取り出でて、うるはしく装束(ひやうぞ)きて冠・老懸(おいかけ)など、あべきぢやうにしけば、従者ども、「こは、もの狂はせ給ふかはぬまでも、楯つきなどし給へかし」とりめきあり。
  
-その時、門部府生、うすわらひて、「なにがしらがまへには、あぶなくやつ原かな」とひて、袖うちろして、こつばききてゐたりけり。海賊、さはぎ逃けるに、袋一など、少々物共おとしたりける、海にかびたりければ、此府生とりて笑てゐたりけるとか+うるはしく取り付けて、肩脱ぎて、馬手(めて)、後ろ見回して、屋形の上に立ちて、「今は四十六ぶに寄り来にたるか」と言へば、従者ども、「おほかたとかく申すに及ばず」とて、黄水(わうずい)をつきあひたり。「いかに、かく寄り来にたるか」と言へば、「四十六ぶに近付き候ひぬらん」と言ふ時に、上屋形(うはやかた)へ出で、あるべきやうに弓立(ゆだち)して、弓をさしかざして、しばしありて、うち上げたれば、海賊がむねとの者、黒ばみたるもの着て、赤き扇を開き使ひて、「とくとく漕ぎ寄せて、乗り移りて、移し取れ」と言へども、この府生、騒がずして、引きかためて、とろとろと放ちて、弓倒しして見やれば、この矢、目にも見えずして、むねとの海賊がゐたる所へ入りぬ。はやく左の目に、このいたつき立ちにけり。海賊、「や」と言ひて、扇を投げ捨てて、のけざまに倒れぬ。矢を抜きて見るに、うるはしく戦などする時のやうにもあらず、ちりばかりのものなり。これをこの海賊ども見て、「やや、これは、うちある矢にもあらざりけり。神箭(かみや)なりけり」と言ひて、「とくとく、おのおの漕ぎ戻りね」とて、逃げにけり。 
 + 
 +その時、門部府生、うすひて、「なにがしらがには、あぶなく奴ばらかな」とひて、袖うちろして、小唾(こつばき)吐きてゐたりけり。海賊、ぎ逃けるほどに、袋一など、少々物ども落したりける、海にかびたりければ、この府生取りて笑ひてゐたりけるとか。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  是も今はむかしかとへの府生といふ舎人ありけりわかく身はま 
 +  つしくてそありけるにままきをこのみて射けりよるもいけれは僅 
 +  なる家の葺き板をぬきてともしていけり妻もこの事をうけす 
 +  近辺の人もあはれよしなき事をし給物かなといへとも我家もなくて 
 +  まとはんはたれもなにかくるしかるへきとてなをふき板をともして 
 +  いるこれをそしらぬものひとりもなしかくする程に葺板みなうせ/下100ウy454 
 + 
 +  ぬはてにはたる木こまゐをわりたきつ又後には棟うつはり 
 +  焼つ後にはけた柱みなわりたきつこれ浅ましき物のさま 
 +  かなといひあひたる程に板敷したけたまてみなわりたきて隣の人 
 +  の家にやとりたりけるを家主此人のやうたいみるに此家もこほ 
 +  ちたきなんすと思ていとへともさのみこそあれ待給へなといひて 
 +  すくる程によく射よしきこえありてめしいたされて賭弓つ 
 +  かうまつるにめてたくいけれは叡感ありてはてには相撲の使にく 
 +  たりぬよき相撲ともおほく催出ぬ又かすしらす物まうけて 
 +  のほりけるにかはね島といふ所は海賊のあつまる所なり過行 
 +  程にくしたるもののいふやうあれ御覧候へあの舟共は海賊の舟ともに 
 +  こそ候めれこはいかかせさせ給へきといへは此かとへの府生いふやう 
 +  おのこなさはきそ千万人の海賊ありとも今みよといひて皮 
 +  子より賭弓の時きたりける装束とりいててうるはしくしやうそきて/下101オy455 
 + 
 +  冠老懸なとあるへき定にしけれは従者ともこは物にくるはせ 
 +  給か叶はぬまても楯つきなとし給へかしといりめきあひたりうる 
 +  はしくとりつけてかたぬきてめてうしろみまはして屋形のうへに 
 +  立ていまは四十六ふによりきにたるかといへは従者共大かたと 
 +  かく申に及はすとて黄水をつきあひたりいかにかくよりきに 
 +  たるかといへは四十六ふにちかつきさふらひぬらんと云時にうは屋 
 +  かたへいててあるへきやうにゆたちして弓をさしかさしてしはしありて 
 +  うちあけたれは海賊か宗とのものくろはみたる物きてあかき扇 
 +  をひらきつかひてとくとくこきよせて乗うつりてうつしとれといへとも 
 +  この府生さはかすして引かためてとろとろとはなちて弓たをし 
 +  してみやれはこの矢目にもみえすして宗との海賊かゐたる所へ 
 +  入ぬはやく左の目に此いたつきたちにけり海そくやといひ 
 +  て扇をなけすててのけさまにたをれぬ矢をぬきてみるにうる/下101ウy456 
 + 
 +  はしく戦なとする時のやうにもあらすちり斗の物なりこれを 
 +  此海賊ともみてややこれはうちある矢にもあらさりけり神箭 
 +  なりけりといひてとくとくをのをのこきもとりねとて逃にけりそ 
 +  の時門部府生うすわらひてなにかしらかまへにはあふなくたつ 
 +  やつ原かなといひて袖うちおろしてこつはきはきてゐたりけり海 
 +  賊さはき逃ける程に袋一なと少々物共おとしたりける海に 
 +  うかひたりけれは此府生とりて笑てゐたりけるとか/下102オy457
  


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