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text:yomeiuji:uji189 [2014/04/21 23:35] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji189 [2019/12/03 22:45] (現在) Satoshi Nakagawa
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 +宇治拾遺物語
 ====== 第189話(巻15・第4話)門部府生、海賊射返す事 ====== ====== 第189話(巻15・第4話)門部府生、海賊射返す事 ======
  
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 **門部府生、海賊射返す事** **門部府生、海賊射返す事**
  
-是も今はむかし、かどべの府生といふ舎人ありけり。わかく身はまづしくてぞありけるに、ままきをこのみて射けり。よるもいければ、僅なる家の葺き板をぬきて、ともしていけり。妻もこの事をうけず。近辺の人も、「あはれ、よしなき事をし給物かな」といへども、「我家もなくてまどはんは、たれもなにかくるしかるべき」とて、なをふき板をともしている。これをぞしらぬもの、ひとりもなし。+===== 校訂本文 =====
  
-かくする程に葺板みなうせぬ。はてにたる木、こたきつ又後には、棟、うつはり、焼つ。後には、柱みなりたきつ。「これ浅ましき物のさまか」といひあひた程に、敷、したげたまでみなわりたきて、人の家にやどりたりるを家主、此人やうだいみるに、「此家こぼちたきんず」と思て、いとへども、「さのみこそあれ。待給へ」など、いひてすぐる程に、よく射よしきこえありて、いだされ、賭弓つかうまつに、めでたくいけ叡感ありて、はてには相撲の使にくだりぬ+是も今は昔、門部(どべ)の府生(ふしやう)といふ舎人ありけり。若く、貧しくぞありけるに、ままき好みて射けり。夜も射れば、わづけなる家の葺(ふきい)を抜きて、灯して射けり。妻もこことをう近辺人も、「あはれ、よしなきことをし給ふのかな」とへども、「わが家もくてまはんは誰(たれ)も何か苦かるべ」とて、なほ葺板を灯して。こをそしらぬ者一人もなし
  
-よき相撲おほく催出ぬ。かずしらず物うけてのぼけるに、ね島といふ所海賊のあつまるなり、過行程、ぐしたるののいふやう、「あれ御覧候へ。あ舟共は海賊の舟どそ候めれ。こはいかがせさせ給べき」といへば、此かべの府生いふやう、「のこ、なさはぎそ。千万人の海賊ありとも、今みよといひて、皮子賭弓の時きたける装束とりいでて、うるはくしやうぞきて、冠、老懸など、あべき定ければ、従者ども「こは物くるせ給か。叶はぬまでも、楯きなどし給へし」といりめきあり。+かくするほ葺板みな失せぬ。はてには垂木(たるき)・木舞(こひ)を割焚きつ。また後棟・梁(うつり)焼きつ。後に、桁(けた)・柱みな割り焚き。「これ、あさしきもののさまかな」と言ひあひたほどに、板敷、下桁(したげた)まで、み焚きて隣の人の家宿りりけを、家主、このやうだい見るに、「ぼち焚なんず」と思ひて、厭(と)へど、「こそあれ待ち給へなど言ひて過ぐるほどに、よく射るよし聞こえありて、出だされて、賭弓(のりゆみ)つかふまつるに、めでたく射ければ、叡感ありて果てには相撲の使(つかひ)に下
  
-うるはくとりつけて、かたぬぎて、てうしろみまはして、屋形のうへに立て、「いまは四十六ぶににたるか」とへば、従者、「かたとかく申に及ばず」とて黄水をつきあひたり。「いかに、かくにたる」とへば、「四十六ぶにちかづさぶらひぬらん」と時に、うはかたへで、あるべきやうにゆだちして、弓をさしかざして、しばしありて、うちげたれば、海賊がとのものくろばみたる物きて、あかき扇してやれば、この矢、目にもえずして、との海賊がゐたる所へ入ぬ。はやく左の目に、いたちにけり。海ぞく「や」とひて、扇をてて、のけざまにたをれぬ。矢をきてるに、うるはしく戦などする時のやうにもあらずちりなり。これを海賊どもて、「やや、これはうちある矢にもあらざりけり。神なりけり」とひて、「とくとく、をのをのこりねとて逃にけり+よき相撲ども、多く催し出でぬ。また、数知らず物まけて上りりけに、かばね島といふ所海賊の集まる所なり。過ぎ行ほどに、具したる者の言ふやう、「あれ、御覧候へ。あの舟どもは、海賊の舟どもにこそ候ふめれ。こは、いかがせさせ給ふべき」言へば、この門部の府生言ふやう、「をのこ、な騒ぎそ。千万人の海賊あとも、今見よ」と言ひて、皮子(はご)より、賭弓の時着りける装束取り出でて、うるはしく装束(ひやうぞ)き、冠・老懸(おいかけ)など、あるべきぢやければ、従者ども、「こは、ものに狂はせ給ふか。かなはぬでも、楯つきなどし給へかし」と、いりめきあひたり。 
 + 
 +うるしく取り付けて、肩脱ぎて、馬手(めて)、後ろ見回して、屋形のに立て、「は四十六ぶににたるか」とへば、従者ども、「おほかたとかく申に及ばず」とて黄水(わうずい)をつきあひたり。「いかに、かくにたる」とへば、「四十六ぶに近付ひぬらん」と言ふ時に、上屋形(うはかた)で、あるべきやうに弓立(ゆだち)して、弓をさしかざして、しばしありて、うちげたれば、海賊がむねとのばみたるもの着て、き扇を開き使ひて、「とくとく漕ぎ寄せて、乗り移りて、移し取れ」と言へども、この府生、騒がずして、引きかためて、とろとろと放ちて、弓倒しして見やれば、この矢、目にもえずして、むねとの海賊がゐたる所へ入ぬ。はやく左の目に、このいたちにけり。海賊、「や」とひて、扇をてて、のけざまにれぬ。矢をきてるに、うるはしく戦などする時のやうにもあらずちりばかりのものなり。これをこの海賊どもて、「やや、これはうちある矢にもあらざりけり。神箭(かみや)なりけり」とひて、「とくとく、おのおの漕ぎ戻りね」とて、逃げにけり。 
 + 
 +その時、門部府生、うす笑ひて、「なにがしらが前には、あぶなく立つ奴ばらかな」と言ひて、袖うち下ろして、小唾(こつばき)吐きてゐたりけり。海賊、騒ぎ逃げけるほどに、袋一つなど、少々物ども落したりける、海に浮かびたりければ、この府生取りて笑ひてゐたりけるとか。 
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 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  是も今はむかしかとへの府生といふ舎人ありけりわかく身はま 
 +  つしくてそありけるにままきみて射けりよるもいけれは僅 
 +  なる家の葺き板ぬきてともしていけり妻もこ事をうけす 
 +  近辺の人もあはれよしなき事をし給物かなといへとも我家もなくて 
 +  まとはんはたれもなにかくるしかるへきとてなをふき板をともして 
 +  いるれをそしらぬのひとりもなしかくする程に葺板みなうせ/下100ウy454 
 + 
 +  ぬはてにはたる木こまゐをわりたきつ又後には棟うつはり 
 +  焼つ後にはけた柱みなわりたきつこれ浅ましき物のさま 
 +  かなといひあひたる程に板敷したけたまてみなわりたきて隣の人 
 +  の家にやとりたりけるを家主此人のやうたいみるに此家もこほ 
 +  ちたきなんすと思ていとへともさのみこそあれ待給へなといひて 
 +  すくる程によく射よしきこえありてめしいたされて賭弓つ 
 +  かうまつるにめてたくいけれは叡感ありてはてには相撲の使にく 
 +  たりぬよき相撲ともおほく催出ぬ又かすしらす物まうけて 
 +  のほりけるにかはね島といふ所は海賊のあつまる所なり過行 
 +  程にくしたるもののいふやうあれ御覧候へあの舟共は海賊の舟ともに 
 +  こそ候めれこはいかかせさせ給へきといへは此かとへの府生いふやう 
 +  おのこなさはきそ千万人の海賊ありとも今みよといひて皮 
 +  子より賭弓の時きたりける装束とりいててうるはしくしやうそきて/下101オy455 
 + 
 +  冠老懸なとあるへき定にしけれは従者ともこは物にくるはせ 
 +  給か叶はぬまても楯つきなとし給へかしといりめきあひたりうる 
 +  はしくとりつけてかたぬきてめてうしろみまはして屋形のうへに 
 +  立ていまは四十六ふによりきにたるかといへは従者共大かたと 
 +  かく申に及はすとて黄水をつきあひたりいかにかくよりきに 
 +  たるかといへは四十六ふにちかつきさふらひぬらんと云時にうは屋 
 +  かたへいててあるへきやうにゆたちして弓をさしかさしてしはしありて 
 +  うちあけたれは海賊か宗とのものくろはみたる物きてあかき扇 
 +  をひらきつかひてとくとくこきよせて乗うつりてうつしとれといへとも 
 +  この府生さはかすして引かためてとろとろとはなちて弓たをし 
 +  してみやれはこの矢目にもみえすして宗との海賊かゐたる所へ 
 +  入ぬはやく左の目に此いたつきたちにけり海そくやといひ 
 +  て扇をなけすててのけさまにたをれぬ矢をぬきてみるにうる/下101ウy456 
 + 
 +  はしく戦なとする時のやうにもあらすちり斗の物なりこれを 
 +  此海賊ともみてややこれはうちある矢にもあらさりけり神箭 
 +  なりけりといひてとくとくをのをのこきもとりねとて逃にけりそ 
 +  の時門部府生うすわらひてなにかしらかまへにはあふなくたつ 
 +  やつ原かなといひて袖うちおろしてこつはきはきてゐたりけり海 
 +  賊さはき逃ける程に袋一なと少々物共おとしたりける海に 
 +  うかひたりけれは此府生とりて笑てゐたりけるとか/下102オy457
  
-その時、門部府生、うすわらひて、「なにがしらがまへには、あぶなくたつやつ原かな」といひて、袖うちおろして、こつばきはきてゐたりけり。海賊、さはぎ逃ける程に、袋一など、少々物共おとしたりける、海にうかびたりければ、此府生、とりて笑てゐたりけるとか。 
text/yomeiuji/uji189.1398090909.txt.gz · 最終更新: 2014/04/21 23:35 by Satoshi Nakagawa