text:yomeiuji:uji186
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text:yomeiuji:uji186 [2014/04/20 21:43] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji186 [2019/12/01 22:00] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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+ | 宇治拾遺物語 | ||
====== 第186話(巻15・第1話)清見原天皇、大友皇子と合戦の事 ====== | ====== 第186話(巻15・第1話)清見原天皇、大友皇子と合戦の事 ====== | ||
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**清見原天皇、大友皇子と合戦の事** | **清見原天皇、大友皇子と合戦の事** | ||
- | いまは昔、天智天皇の御子に大友皇子といふ人ありけり。太政大臣に成て、世の政を行てなんありける。心の中に「御門失給なば、次の御門には我ならん」と思給けり。清見原天皇、その時は春宮にておはしましけるが、此気色をしらせ給ければ、「大友皇子は時の政をし、世のおぼえも威勢もまう也。我は春宮にてあれば、勢も及べからず。あやまたれなん」とおそりおぼして、御門、病つき給、則、「吉野山の奥に入て、法師になりぬ」といひて、こもり給ぬ。其時、大友皇子に人申けるは、「春宮を吉野山にこめつるは、虎に羽をつけて、野に放ものなり。同宮にすへてこそ、心のままにせめ」と申ければ、「げにも」とおぼして、軍をととのへて、迎たてまつるやうにして、殺し奉んとはかり給ふ。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 此大友皇子の妻にては、春宮の御女ましましければ、父の殺され給はん事をかなしみ給て、「いかで此事告申さん」とおぼしけれど、すべきやうもなかりけるに、思わび給て、鮒のつつみやきの有けるが、腹にちいさくふみをかきて、をし入て奉り給へり。 | + | いまは昔、天智天皇の御子に大友皇子((弘文天皇))といふ人ありけり。太政大臣になりて、世の政(まつりごと)を行ひてなんありける。心の中に「御門失せ給ひなば、次の御門にはわれならん」と思ひ給ひけり。清見原天皇((天武天皇・大海人皇子))、その時は春宮にておはしましけるが、この気色を知らせ給ひければ、「大友皇子は時の政をし、世のおぼえも威勢も猛(まう)なり。われは春宮にてあれば、勢も及ぶべからず。あやまたれなん」と恐り思して、御門、病(やまひ)つき給ふ、すなはち、「吉野山の奥に入りて、法師になりぬ」と言ひて、こもり給ひぬ。 |
- | 春宮、これを御覧じて、さらでだに、おそれおぼしける事なれば、「さればこそ」とて、いそぎ下種の狩衣、袴を着給て、藁沓をはきて、宮の人にもしられず、只一人山を越て、北ざまにおはしける程に、山城国たはらといふ所へ、道もしり給はねば、五六日にぞたどるたどる、おはしつきにける。その里人、あやしくけはひのけだかくおぼえければ、高つきに栗を焼、又ゆでなどして、まいらせたり。その二色の栗を、「おもふ事かなふべくは、おひいでて木になれ」とて、片山のそへにうづみ給ぬ。里人、これをみて、あやしがりて、しるしをさしてをきつ。 | + | その時、大友皇子に、人申しけるは、「春宮を吉野山にこめつるは、虎に羽を付けて、野に放つものなり。同じ宮にすゑてこそ、心のままにせめ」と申しければ、「げにも」と思して、軍を整へて、迎へ奉るやうにして、殺し奉らんと謀り給ふ。 |
- | そこをいで給て、志摩国ざまへ、山に添ていで給ぬ。その国の人、あやしがりて、問たてまつれば、「道に迷たる人なり。喉かはきたり。水のませよ」と仰られければ、大なるつるべに水を汲て参らせたりければ、喜て仰られけるは、「汝がぞうに此国のかみとはなさん」とて、美濃国へおはしぬ。 | + | この大友皇子の妻((十市皇女))にては、春宮の御女ましましければ、父の殺され給はんことを悲しみ給ひて、「いかでこのこと告げ申さん」と思しけれど、すべきやうなかりけるに、思ひわび給ひて、鮒の包み焼きのありける腹に、小さく文を書きて、押し入れて奉り給へり。 |
- | この国のすのまたのわたりに、舟もなくて立給たりけるに、女の、大なるふねに布入て洗けるに、「此わたり、なにともして渡してんや」との給ければ、女申けるは、「一昨日、大友の大臣の御使といふものきたりて、渡の舟どもみなとりかくさせていにしかば、これをわたしたてまつりたりとも、おほくの渡りえ過させ給まじ。かくはかりぬる事なれば、いま軍責来らんずらん。いかがしてのがれ給べき」といふ。「さては、いかがすべき」との給ければ、女申けるは、「みたてまつるやうあり。ただにはいませぬ人こそ。さらば、かくし奉らん」といひて、湯舟をうつぶしになして、その下にふせたてまつりて、上に布をおほくをきて、水汲かけて洗ゐたり。 | + | 春宮、これを御覧じて、さらでだに恐れ思しけることなれば、「さればこそ」とて、急ぎ下種の狩衣・袴を着給ひて、藁沓を履きて、宮の人にも知られず、ただ一人山を越えて、北ざまにおはしけるほどに、山城国田原といふ所へ、道も知り給はねば五・六日にぞ、たどるたどるおはし着きにける。その里人、怪しくけはひの気高く覚えければ、高坏(たかつき)に栗を焼き、また茹でなどして、参らせたり。その二色の栗を、「思ふことかなふべくは、生ひ出でて木になれ」とて、片山のそへに埋(うづ)み給ひぬ。里人、これを見て、怪しがりて、標(しるし)をさして置きつ。 |
- | しばし斗ありて、兵四五百人斗きたり。女に問て云、「これより人やわたりつる」といへば、女のいふやう、「やごとなき人の、軍千人ばかりぐしておはしつる。今は信濃国には入給ぬらん。いみじき竜のやうなる馬に乗て、飛がごとくしておはしき。此少勢にては、追付給たりとも、みな殺され給なん。これより帰て、軍をおほくととのへてこそ、追給はめ」といひければ、「まことに」と思て、大友皇子の兵、みな引返しにけり。 | + | そこをいで給ひて、志摩国ざまへ、山に添ひて出で給ぬ。その国の人、怪しがりて、問ひ奉れば、「道に迷ひたる人なり。喉乾きたり。水飲ませよ」と仰せられければ、大きなる釣瓶(つるべ)に水を汲みて参らせたりければ、喜びて仰せられけるは、「なんぢが族(ぞう)に、この国の守(かみ)とはなさん」とて、美濃国へおはしぬ。 |
- | 其後、女に仰られけるは、「此辺に軍催さんに出きなんや」と問給ければ、女、はしりまひて、その国のむねとある者どもを催しかたらふに、則二三千人の兵いできにけり。それを引ぐして、大友皇子を追給に、近江国大津といふ所に、追付てたたかふに、皇子の軍やぶれて、ちりぢりに逃ける程に、大友皇子、つゐに山崎にて討れ給て、頭とられぬ。それより春宮、大和国に帰おはしてなん、位につき給けり。 | + | この国の洲股(すのまた・墨俣)の渡りに、舟もなくて立ち給ひたりけるに、女の、大きなる舟に布入れて洗ひけるに、「この渡り、何ともして渡してんや」とのたまひければ、女、申しけるは、「一昨日、大友の大臣の御使といふ者来たりて、渡りの舟ども、みな取り隠させて去にしかば、これを渡し奉りたりとも、多くの渡り、え過ぎさせ給まじ。かく謀りぬることなれば、今軍(いくさ)責め来たらんずらん。いかがして逃れ給ふべき」と言ふ。「さては、いかがすべき」とのたまひければ、女、申しけるは、「見奉るやうあり。ただにはいませぬ人こそ。さらば隠し奉らん」といひて、湯舟をうつ伏しになして、その下に伏せ奉りて、上に布を多く置きて、水汲みかけて洗ひゐたり。 |
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+ | しばしばかりありて、兵(つはもの)四・五百人ばかり来たり。女に問ひていはく、「これより人や渡りつる」と言へば、女の言ふやう、「やごとなき人の、軍千人ばかり具しておはしつる。今は信濃国には入り給ひぬらん。いみじき竜のやうなる馬に乗りて、飛ぶがごとくしておはしき。この少勢にては、追ひ付き給ひたりとも、みな殺され給ひなん。これより帰りて、軍を多く整へてこそ追ひ給はめ」と言ひければ、「まことに」と思ひて、大友皇子の兵、みな引き返しにけり。 | ||
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+ | その後、女に仰せられけるは、「この辺に軍催(もよほ)さんに、出で来なんや」と問ひ給ひければ、女、走りまひて、その国のむねとある者どもを催し語らふに、すなはち二・三千人の兵出で来にけり。それを引き具して、大友皇子を追ひ給ふに、近江国大津といふ所に追ひ付きて戦ふに、皇子の軍敗れて、散り散りに逃げけるほどに、大友皇子、つひに山崎にて討たれ給ひて、頭取られぬ。それより春宮、大和国に帰りおはしてなん、位につき給ひけり。 | ||
+ | |||
+ | 田原に埋み給ひし焼栗・茹で栗は、形も変らず生ひ出でけり。今に田原の御栗とて奉るなり。志摩国にて水召させたる者は、高階氏の者なり。されば、それが子孫、国守にてはあるなり。その水召したりし釣瓶は、今に薬師寺にあり。洲股の女は、不破の明神((仲山金山彦神社))にてましましけりとなん。 | ||
+ | |||
+ | ===== 翻刻 ===== | ||
+ | |||
+ | いまは昔天智天皇の御子に大友皇子といふ人ありけり太政大 | ||
+ | 臣に成て世の政を行てなんありける心の中に御門失給なは次の | ||
+ | 御門には我ならんと思給けり清見原天皇その時は春宮にてお | ||
+ | はしましけるか此気色をしらせ給けれは大友皇子は時の政を | ||
+ | し世のおほえも威勢もまう也我は春宮にてあれは勢も及へ | ||
+ | からすあやまたれなんとおそりおほして御門病つき給則吉野山 | ||
+ | の奥に入て法師になりぬといひてこもり給ぬ其時大友皇子に | ||
+ | 人申けるは春宮を吉野山にこめつるは虎に羽をつけて野に | ||
+ | 放ものなり同宮にすへてこそ心のままにせめと申けれはけにも | ||
+ | とおほして軍をととのへて迎たてまつるやうにして殺し | ||
+ | 奉んとはかり給ふ此大友皇子の妻にては春宮の御女ましまし | ||
+ | けれは父の殺され給はん事をかなしみ給ていかて此事告 | ||
+ | 申さんとおほしけれとすへきやうなかりけるに思わひ給て鮒/下97オy447 | ||
+ | |||
+ | のつつみやきの有ける腹にちいさくふみをかきてをし入て奉り | ||
+ | 給へり春宮これを御覧してさらてたにおそれおほしける事なれ | ||
+ | はされはこそとていそき下種の狩衣袴を着給て藁沓をは | ||
+ | きて宮の人にもしられす只一人山を越て北さまにおはしける程に山 | ||
+ | 城国たはらといふ所へ道もしり給はねは五六日にそたとるたとるおはし | ||
+ | つきにけるその里人あやしくけはひのけたかくおほえけれは | ||
+ | 高つきに栗を焼又ゆてなとしてまいらせたりその二色の | ||
+ | 栗をおもふ事かなふへくはおひいてて木になれとて片山の | ||
+ | そへにうつみ給ぬ里人これをみてあやしかりてしるしをさし | ||
+ | てをきつそこをいて給て志摩国さまへ山に添ていて | ||
+ | 給ぬその国の人あやしかりて問たてまつれは道に迷たる人なり | ||
+ | 喉かはきたり水のませよと仰られけれは大なるつるへに水 | ||
+ | を汲て参らせたりけれは喜て仰られけるは汝かそうに此国のかみとは/下97ウy448 | ||
+ | |||
+ | なさんとて美濃国へおはしぬこの国のすのまたのわたりに舟 | ||
+ | もなくて立給たりけるに女の大なるふねに布入て洗けるに | ||
+ | 此わたりなにともして渡してんやとの給けれは女申けるは一昨日大友 | ||
+ | の大臣の御使といふものきたりて渡の舟ともみなとりかくさせて | ||
+ | いにしかはこれをわたしたてまつりたりともおほくの渡りえ過させ | ||
+ | 給ましかくはかりぬる事なれはいま軍責来らんすらんいかか | ||
+ | してのかれ給へきといふさてはいかかすへきとの給けれは女申 | ||
+ | けるはみたてまつるやうありたたにはいませぬ人こそさらはかく | ||
+ | し奉らんといひて湯舟をうつふしになしてその下にふせたて | ||
+ | まつりて上に布をおほくをきて水汲かけて洗ゐたりしはし | ||
+ | 斗ありて兵四五百人斗きたり女に問て云これより人や | ||
+ | わたりつるといへは女のいふやうやことなき人の軍千人はかりくして | ||
+ | おはしつる今は信濃国には入給ぬらんいみしき竜のやうなる馬に/下98オy449 | ||
+ | |||
+ | 乗て飛かことくしておはしき此少勢にては追付給たりともみな | ||
+ | 殺され給なんこれより帰て軍をおほくととのへてこそ追給 | ||
+ | はめといひけれはまことにと思て大友皇子の兵みな引返しにけり | ||
+ | 其後女に仰られけるは此辺に軍催さんに出きなんやと問給けれは | ||
+ | 女はしりまひてその国のむねとある者ともを催しかたらふに | ||
+ | 則二三千人の兵いてきにけりそれを引くして大友皇子を | ||
+ | 追給に近江国大津といふ所に追付てたたかふに皇子の軍 | ||
+ | やふれてちりちりに逃ける程に大友皇子つゐに山崎にて討れ | ||
+ | 給て頭とられぬそれより春宮大和国に帰おはしてなん位に | ||
+ | つき給けり田原にうつみ給し焼栗ゆてくりは形もかはらす | ||
+ | 生出けり今に田原の御栗とて奉るなりしまの国にて水めさせ | ||
+ | たる者は高階氏のものなりされはそれか子孫国守にてはある也 | ||
+ | その水めしたりしつるへは今に薬師寺にありすのまたの女は不破の/下98ウy450 | ||
+ | |||
+ | 明神にてましましけりとなん/下99オy451 | ||
- | 田原にうづみ給し焼栗、ゆでぐりは、形もかはらず生出たり。今に田原の御栗とて奉るなり。しまの国にて水めさせたる者は、高階氏のものなり。されば、それが子孫、国守にてはある也。その水めしたりしつるべは、今に薬師寺にあり。すのまたの女は、不破の明神にてましましけりとなん。 |
text/yomeiuji/uji186.txt · 最終更新: 2020/02/17 22:34 by Satoshi Nakagawa