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text:yomeiuji:uji180 [2017/09/30 21:38] – [第180話(巻14・第6話)珠の価、量無き事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji180 [2019/11/27 21:42] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **珠の価、量無き事** **珠の価、量無き事**
  
-是も今はむかし、筑紫に大夫さだしげと申物ありけり。この比ある、箱崎の大夫のりしげが祖父なり。そのさだしげ、京上しけるに、「故宇治殿にまいらせ、又、わたくしの知たる人々にも心ざさん」とて、唐人に物を六七千疋が程借とて、太刀を十腰ぞ質に置ける。+===== 校訂本文 =====
  
-さてのぼりて、宇治殿にまいらせ、思のままにわたくしの人々にやりなどして、かへりくだりけるに、淀にて舟にのける程に、人まうけしたりければ、れうくひなどしてゐたりける程に、はし舟にて、きなひす物どもよりきて「そ物やかふ。かの物やかふ」など尋とひける中に、玉やかふといひけるを、ききいるる人もけるに、さだしげが舎人に仕けるおのこ舟のへにたてりける、「ここへもておは。みん」といひければ袴のこより、あこや玉の、大なる豆斗あけるを、取出してとらせりければ、きたりけ水干をぬぎて、「これかへて」といひければ玉のぬしの男、「せとくしたり」と思ける、まて、さしはなちていければ、舎人も、「たかくかひたるにや」と思けれども、まどひいにければ、「くやし」とおもふおもふ、袴のこしにつつみて、こと水干かへてぞありける。+これも今は昔筑紫大夫さだげ(([[:text:k_konjaku:k_konjaku26-16|『今昔物語集』26-16]]では「□□貞重」。))と申す者ありけりのごろある、箱崎大夫りしげ(([[:text:k_konjaku:k_konjaku26-16|『今昔語集』26-16]]では筥崎の大夫則重。))が祖父(おほぢ)なり。そのさだしげ、京上ける、「故宇治殿((藤原頼通))に参らせ、また、私(わたく)りたる人々も心ざさん」と唐人(たじん)物を六・七千疋がほ借るとて、太刀十腰ぞ質きける。
  
-かかる程、日数つもりて、博多といふ所行着。さだ舟よるままに、物かしたりし唐人のもと、「質はすくなかしに物はおくありし」ないはんとてたりければ、唐人も待悦て、酒のませなどして、物がたりけるに、この玉こ、下す唐人にあ、「玉やふ」とまの腰よ玉を取出てとらせれば、玉をうとりてをき、うちふてみままに、「あさまし」と思たるかけしきにて、「これはいくほど」と問ければ、ほしと思るかほしきて「十貫」とひければ、まどひて、「十貫にかはん」とひけりまことは廿貫」とひければ、それをもまどひ、「かはん」といひけり。+さて、京りて、宇治殿参らせ、思ひのまま私の人々にやなど帰り下るに、て舟に乗けるほど人まうけしたりければ、これう((「これう」は書陵部本「これそ(これぞ)」。))食ひなどしてたりけるほどに、端舟(はしぶね)にて商ひする者ど寄り来て、「そ物や買ふ。か物や買ふ」など尋ね問ける中に、「玉やふ」とけるを聞き入るる人もなかりけるにさだしげが舎につかまつりる男舳(へ)てり、「ここへ持ておはせ。見ん」と言ひければ、袴の腰より、あこやの玉の、大きな豆ばりありるを取り出だして、せたりければ、る水干脱ぎこれに替へてんや」とひければ、玉の主(ぬし)の男、「所得(せうとく)したり」とひけるに、まどひ取て、舟をさし放ちて去(い)にければ、舎人も、高く買ひたるにや」とひけれまどひ去にければ、「悔し」と思ふ思ふ、袴の腰に包みて、異(こと)水干着替へてぞあける
  
-「さあたたかものやあらん」と思て、「たべ、まづ」とこひけるをみけれども、いくこひければ、我にあらでらせたければ「いまよさだめてうらとて、袴のこしにつつみて、のければ、唐人すべきやうもなて、さだげとむかひた船頭がもときて事ともなくさへづりければ、此船頭、ううなづきてさだしげにいふやう、「御ずんざの中に玉もちたるも。そのりて、給はん」といひければ、さだしげ人をよびて、「此ともなる物に、玉も物やある。それ尋よべ」とひければ、このさへづ唐人、走出て、やがてそのおのこの袖ひかへて、「くは、これぞ、これぞ」とて、引いでたりければ、さだしげ、「まことに玉や持たる」とければ、しぶしぶさぶらふよしければ、「いで、くれよ」とこはれて、袴のこしより取いでたりけるを、さだしげ、郎等してとらせけり。+かかるほどに、日数積りて、博多とふ所に行き着きにけり。さだしげ舟より下るるまに物貸したりし唐人のもとに、「質は少なかしに物は多ありし」など言はんとて、たりければ、唐人も待ち悦びて、酒飲ませどして、物語ほどに、玉持の男(をのこ)下種(す)唐人会ひて、「玉や買ふ」と言ひて腰より玉を取出でて、ければ、、玉受け取りて、置きて振りて見ままに、「さまし」と思た顔気色に、「これはいくらほど」とひければ、「欲し」と思ひた顔気色て、「十貫」と言ひければ、まどひて「十貫に買はん」と言ひけり。「まことは二十貫」と言ひければ、それもまどひ、「買はん」と言ひけり。
  
-それをとりて、むかたる唐人手にいれ、とりて、うちふりてみて、たちはしり、内に入ぬ。なに事にかあらん」と、みる程に、さだしげが七十貫が質し太刀共を十ながららせたりければ、さだしげはあきれたるやうにてぞありける。古水干一かへたる物を、そこばく物にかへてやみにん。げにあきぬべき事ぞかし。+「さ価(あたい)高き物にやあらん」と思て、「べ、まづ」と乞ひけ惜しみけどもいたく乞ひればわれにもあらで取らせたりければ、「いまよく定めて売らん」と袴の腰に包て、退きければ、唐人すべきやうもなくて、さだしげと向かひたる船頭もとにきそのこともなくさへづりければ、この船頭、うちうなづきて、さだしげに言ふやう、「御従者(ずんざ)の中、玉持ちたる者あり。その玉取りて給はらん」と言ひれば、さだしげ、人を呼びて、「この供な者の中、玉持ちたる者やある。それ尋ねて呼べ」と言ひければこのさへづる唐人、走り出でて、やがての男(をの)袖をひかへて、「くは、これぞ、これぞ」とて、引き出でたりれば、さだし、「まこと玉や持ちたる」と問ひけば、ぶしぶに候ふよしを言ひければ、「いで、くれよ」と乞はれて、袴の腰より取り出でたりけるを、さだしげ、郎等して取らせけり
  
-「玉のあたいはなき物」といふ事はじめたるらず+それを取りて、向ひゐたる唐人、手に入れ、受け取て、うち振りて見て、立ち走り、内に入りぬ。「何事にかあらん」と見る程にさだしげが七十貫が質に置きし太刀どもを、十ながら取らせたりければ、さだしげ、あきれたるやうてぞりける。古水干一つに替へたるものを、そこばくのものに替へてやみにけん。げにあきれぬべきことぞかし
  
-筑紫にたうしせうずといふ物あり。それがかたりけるは、物へ行ける道に、おのこの「やかふ」と、いひて、反古のはしにつつみたる玉を、懐よいでてらせたりけるを、みれば、もくれんじよりもちさき玉にてぞ有ける。「いくら」と問ければ「絹廿疋」といひければ、「あさまし」と思て、物へいきけるをとどて、玉もちのおのこぐして家に帰て、きぬのありけるままに、六十疋ぞとらせりけ。「れは廿疋のみは、すまじき物を、すくなくいふがいおしさ、六十疋をとするなり」といひければ、おのこ悦ていにけり+玉のものといは、今始めたることにはあ
  
-そのて、渡てけ道の程おそしかりけれども身をはなたず、まりなどのやう、くびにかけてぞありける。あしき風の吹けば、唐人、あしき浪風に逢ぬれば、船のうちに一の宝と思ふ物を海に入なるに、「此せうずが玉を海に入ん」とひければ、せうずがいひけるやうは「此を海いきてもかひあるまじ。ただ我身ながいれば入よ」とて、かかへてゐたりければ、さがに人を入べやうもなかりければ、とかくいひける程に、玉うしふまじきほうやあけん、風なをりにければ、悦て入すなりにけり。その船の一のせんどうといふ物も、大なる玉もちたりけれども、それはすこしひらにて、此玉にはおとりてぞありける+筑紫にたうしせうずといふ者あり。れが語りけるは、もへ行きける道に、男(のこ)の「玉や買ふ」と言ひて、反古(ほうぐ)の端(はし)包みた玉を懐(ふとこ)より引き出でて取らせたりけるを、見木蓮子(くれんじ)より小さき玉にてぞありける。「これはいくら」と問ひければ、「絹二十疋」とひければ、「あさまし」と思て、ものへ行きけるをとどめて、玉持ちの男具して家帰りて、絹のりけるままに六十疋ぞ取たりける。「こは二十疋のみはまじきものを。少なく言ふがとほしさに、六十疋を取らするなり」と言ひければ、男、悦去(い)にけり。
  
-かくて唐に行つき、「玉かはん」といひけるのもとに船頭が玉を、もたせりける程に、道におとしてけりれさはぎて、帰もとめけれどもいづくらんずる。思わびて我玉ぐして、「この玉しつれば、いますべきかたなし。それかはりに、こをみよ」とてとらせたれば、「我玉はこれはおとりつるなり。そのかはりに此をえらば、罪ふかなん」とて返しるぞさすがこのたがひたりける。此国の人ならば、とらざらんやは+その玉を持ち(もろこし)渡りてけるに、道ほど恐しかりけれども、も放たず守りなどうに首に懸けぞありける。悪しき風の吹きけれ唐人は悪しき波風にあひぬれば船のうちに一の宝と思ふ物海に入るるなるに、「このせうずがを海に入れん」言ひければ、せうずが言ひけるやう、「この玉を海に入れては、生てもひあるまじ。だ、わが身ながら入れば入れよ」とて、かかへてゐりければ、さすが人を入るべきやうもなかりければ、かくいひけるほどに、玉失なふまじき報(ほう)やあけん、風直にければ、悦びて入れずりにけり。その一の船頭といふ者も、大きなる持ちたりけれどもそれは少し平(ひら)て、この玉に劣りてぞありける。
  
-かくて、此うしな事をなげく程に、あそびもといにけり。ふたり物がたりしけるつゐでに、むねをさぐりて、「など、胸はさはぐぞ」ととひけれ「しじかの人の玉をおとして、それが大事なる事を思へば、むねさぐぞ」といひければ、「こはり」とぞ、ひける。+かくて、唐に行き着きて、「玉買はん」と言もとに、船頭が玉を、こせうずせてやりけるほどに、道に落してけ。あきれ騒ぎて、帰り求めけれどもいづくにあらんずる。思ひわびて、わが玉をして、この玉落しつれば、すべき方なし。それが代りに、これを見よ」とて取らせたれば、「わが玉は、れにたりつるなり。その玉の代りに、この玉を得たらば、罪深かりなん」とて返しけるぞ、さすがにここの人((日本人))にはたがたりける。この国の人ならば、取らざらんやは
  
-て、帰て二日斗ありて、此遊のもと、「さ事なんはんとおもふ。今の程時かはさずこ」といひければ「何事かあらん」とて、いそぎ行たりける、例の入方よは入ずし、かくれのかたよりよび入ければ、「いかる事にかあらん」と、思ふ思ふいりたりければ、「これはもそれにおとたりけん玉か」とて、取いでたるをみば、たはず其玉り。「はいかに」あさましくてとへば、「ここに『玉うらん』とて、過つる、『さる事いひしぞかし』とて、よび入てみるに、玉の大なりつれば、『もし、さもや』と思て、いひとどめてよびにやりつる也」といふに、「事もおろか也。いづく、その玉もちたりつらん物は」といへば、「かしにゐたり」いふをよびとりて、やがて玉のぬしのもとにいて行て、「これ、しかじかして、その程におとしたし玉也」といへば、えあらがはで、「その程にみつけたる玉なり」とぞける。いささかなる物とらせてぞ、やりける。+かくて、失ひつる玉のこを歎くほどに、遊(あそび)のもとに往(い)にけ。二人物語に、さぐりて、「など、胸は騒ぐぞ」と問ひければ、「しかじかの人の玉を落して、れが大事ことを思ば、胸騒ぐぞ」と言ひければ、「ことはりなり」とぞ、言ひける。
  
-さて、その玉を返しのち唐綾一をば、唐に美濃五疋が程もちひる。せうが玉をば、から綾五千段たりけるそのあたの程をおもふに、ここにては絹六十疋にへたを五万貫るにこそ、あ+さて、帰り二日かりありてこの遊のもとより、「さしたることなん言んと思ふ。今のほどに、時かはさず来(こ)」と言ければ、「何事かあらん」とて、急ぎ行きたりけを、例の入方よりは入れして、隠れの方より呼び入れければ、「いなることにかあらん」と、思ふ思ふ入りたりければ、「これは、もし、それに落したりけん玉か」とて、取り出でたを見れば、違(たが)はずその玉なり。「こは」とあさましくて問へば、「ここに『玉売らん』と過ぎつるを、『さること言ひしぞし』と思ひて、呼び入れて見に、の大きなりつれば、『もし、さもや』と思ひて、言ひとどめて、呼びなり」と言ふ、「ともおろかなり。いづくぞ、の玉持ちたりつらん者は」と言へば、「かしこにゐたり」と言ふを呼び取りて、やがて玉の主(ぬし)のもとに率(ゐ)て行きて、「これは、しかじかして、そのほどに落したりし玉なり」と言へばらがはで、「そのほどに見付けたる玉り」とぞ言ひける。いささかなるもの取らせてぞ、やりける
  
-それを思へば、さだしげが七十貫が質を返したりけんも、おろくくもなき事にてありけり人のかたりしなり+さて、その玉を返して後、唐綾(からあや)一つをば、唐には、美濃五疋がほどにぞ用ゐるなる。せうずが玉をば、唐綾五千段にぞ替へたりける。その価のほどを思ふに、ここにては絹六十疋に替へたる玉を、五万貫に売りたるにこそあんなれ。 
 + 
 +それを思へば、さだしげが七十貫が質を返したりけんも、驚くべくもなきことにてありけり」と、人の語りしなり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  是も今はむかし筑紫に大夫さたしけと申物ありけりこの比 
 +  ある箱崎の大夫のりしけか祖父なりそのさたしけ京上し 
 +  けるに故宇治殿にまいらせ又わたくしの知たる人々にも心ささん 
 +  とて唐人に物を六七千疋か程借とて太刀を十腰そ質に置ける/下87ウy428 
 + 
 +  さて京にのほりて宇治殿にまいらせ思のままにわたくしの人 
 +  々にやりなとしてかへりくたりけるに淀にて舟にのりける程に 
 +  人まうけしたりけれはこれうくひなとしてゐたりける程にはし 
 +  舟にてあきなひする物ともよりきてその物やかふかの物や 
 +  かふなと尋とひける中に玉やかふといひけるをききいるる人も 
 +  なかりけるにさたしけか舎人に仕けるのこ舟のへにたてりける 
 +  かここへもておはせみんといひけれは袴のこしよりあこやの玉の 
 +  大なる豆斗ありけるを取出してとらせたりけれはきたりける水 
 +  干をぬきてこれにかへてんやといひけれは玉のぬしの男せうとく 
 +  したりと思けるにまとひとりて舟をさしはなちていにけれは 
 +  舎人もたかくかひたるにやと思けれともまとひいにけれはくやしと 
 +  おもふおもふ袴のこしにつつみてこと水干きかへてそありけるかかる 
 +  程に日数つもりて博多といふ所に行着にけりさたしけ舟より/下88オy429 
 + 
 +  おるるままに物かしたりし唐人のもとに質はすくなかりしに 
 +  物はおほくありしなといはんとて行たりけれは唐人も待悦て 
 +  酒のませなとして物かたりしける程にこの玉もちのおのこ下す 
 +  唐人にあひて玉やかふといひてはかまの腰より玉を取出てとらせ 
 +  けれは唐人玉をうけとりて手の上にをきてうちふりてみるままに 
 +  あさましと思たるかほけしきにてこれはいくらほとと問けれはほしと 
 +  思たるかほけしきをみて十貫といひけれはまとひて十貫にかはん 
 +  といひけりまことは廿貫といひけれはそれをもまとひかはんといひ 
 +  けりさてはあたいたかきものにやあらんと思てたへまつとこひけるを 
 +  おしみけれともいたくこひけれは我にもあらてとらせたりけれはいま 
 +  よくさためてうらんとて袴のこしにつつみてのきにけれは唐人すへき 
 +  やうもなくてさたしけとむかひたる船頭かもとにきてその事ともなく 
 +  さへつりけれは此船頭うちうなつきてさたしけにいふやう御すんさの中/下88ウy430 
 + 
 +  に玉もちたるものありその玉とりて給はらんといひけれはさたしけ 
 +  人をよひて此ともなる物の中に玉もちたる物やあるそれ尋てよへ 
 +  といひけれはこのさへつる唐人走出てやかてそのおのこの袖をひ 
 +  かへてくはこれそこれそとて引いてたりけれはさたしけまことに玉や持 
 +  たると問けれはしふしふにさふらふよしをいひけれはいてくれよとこはれ 
 +  て袴のこしより取いてたりけるをさたしけ郎等してとらせけりそれ 
 +  をとりてむかひゐたる唐人手にいれうけとりてうちふりてみてたち 
 +  はしり内に入ぬなに事にかあらんとみる程にさたしけか七十貫 
 +  か質にをきし太刀共を十なからとらせたりけれはさたしけは 
 +  あきれたるやうにてそありける古水干一にかへたる物をそこはく 
 +  の物にかへてやみにけんけにあきれぬへき事そかし玉のあた 
 +  いはかきりなき物といふ事は今はしめたる事にはあらす筑紫 
 +  にたうしせうすといふ物ありそれかかたりけるは物へ行ける道におの/下89オy431 
 + 
 +  この玉やかふといひて反古のはしにつつみたる玉を懐よりひき 
 +  いててとらせたりけるをみれはもくれんしよりもちいさき玉にてそ 
 +  有けるこれはいくらと問けれは絹廿疋といひけれはあさましと思 
 +  て物へいきけるをととめて玉もちのおのこくして家に帰てきぬ 
 +  のありけるままに六十疋そとらせたりけるこれは廿疋のみはすまし 
 +  き物をすくなくいふかいとおしさに六十疋をとらするなりといひ 
 +  けれはおのこ悦ていにけりその玉を持て唐に渡てけるに道の 
 +  程おそしかりけれとも身をもはなたすまもりなとのやうにひに 
 +  かけてそありけるあしき風の吹けれは唐人はあしき浪風に逢ぬ 
 +  れは船のうちに一の宝と思ふ物を海に入なるに此せうすか玉を 
 +  海に入んといひけれはせうすかいひけるやうは此玉を海に入てはい 
 +  きてもかひあるましたた我身なからいれは入よとてかかへてゐたり 
 +  けれはさすかに人を入へきやうもなかりけれはとかいひける程に玉/下89ウy432 
 + 
 +  うしなふましきほうやありけん風なをりにけれは悦て入すなり 
 +  にけりその船の一のせんとうといふ物る玉もちたり 
 +  けれともそれはすこしひらにて此玉にはおとりてそありけるかくて 
 +  唐に行つて玉かはんといひける人のもとに船頭か玉をこの 
 +  せうすにもたせてやりける程に道におとしてけりあきれさはきて 
 +  帰もとめけれともいつくにかあらんする思わひて我玉をくして 
 +  そこの玉おとしつれはいまはすへきかたなしそれかかはりにこれをみ 
 +  よとてとらせたれは我玉はこれにはおとりたりつるなりその玉の 
 +  かはりに此玉をえたらは罪ふかかりなんとて返しけるそさすかに 
 +  ここの人にはたかひたりける此国の人ならはとらさらんやはかくて 
 +  此うしなひつる玉のをなけく程あそひのもとにいにけり 
 +  ふたり物かたりしけるつゐにむねをさくりてなと胸はさはくそと 
 +  とひけれはしかしかの人の玉をおとしてそれか大事なる事を/下90オy433 
 + 
 +  思へはむねさはくそといひけれはことはり也とそいひけるさて帰て 
 +  のち二日斗ありて此遊のもとよりさしたる事なんいはんとおもふ 
 +  今の程に時かはさすこといひけれは何事かあらんとていそき行 
 +  たりけるを例の入方よりは入すしてかくれのかたよりよひ入けれは 
 +  いかなる事にかあらんと思ふ思ふいりたりけれはこれはもしそれに 
 +  おとしたりけん玉かとて取いてたるをみれはたかはす其玉なり 
 +  こはいかにとあさましくてとへはここに玉うらんとて過つるを 
 +  さる事いひしそかしと思てよひ入てみるに玉の大なりつれはもし 
 +  さもやと思ていひととめてよひにやりつる也といふに事もおろか也 
 +  いつくそその玉もちたりつらん物はといへはかしこにゐたりといふを 
 +  よひとりてやかて玉のぬしのもとにいて行てこれはしかしかして 
 +  その程におとしたりし玉也といへはえあらかはてその程にみつけたる 
 +  玉なりとそいひけるいささかなる物とらせてそやりける/下90ウy434 
 + 
 +  さてその玉を返してのち唐綾一をは唐には美濃五疋か程 
 +  にそもちひるなるせうすか玉をはから綾五千段にそかへたり 
 +  けるそのあたいの程をおもふにここにては絹六十疋にかへたる玉 
 +  を五万貫にうりたるにこそあんなれそれを思へはさたしけか 
 +  七十貫か質を返したりけんもおとろくへくもなき事にて 
 +  ありけりと人のかたりしなり/下91オy435
  
text/yomeiuji/uji180.1506775102.txt.gz · 最終更新: 2017/09/30 21:38 by Satoshi Nakagawa