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text:yomeiuji:uji178 [2014/10/13 13:38] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji178 [2019/11/25 21:20] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **魚養の事** **魚養の事**
  
-いまはむかし、遣唐使のもろこしにあるあひだに、妻をまうけて、子を生せつ。その子、いまだいとけなき程に、日に帰る。妻に契ていはく、「こと遣唐使、いかんにつけて、消息やるべし。又、此子、乳母はなれん程には、むかへとるべし」と契て、帰朝しぬ。+===== 校訂文 =====
  
-、遣唐使のくるごと、「消息やある」と尋ぬれど、あへてをともなし。母、おほきて、この児をいだき、日本むき、児のびに、「遣唐使それがしが子」といふ簡を書て、ゆひつけて、「すく世あらば子の中は行逢なん」といひて、海になげ入て帰ぬ。+今は昔、遣唐使の唐土(もろこし)にある妻をまうけて、生ませつ。その子、いとけなほどに、日本に帰る。妻に契りいはく、「異(こと)遣唐使行かんにつけて、消息やるべし。またこの、乳母(めと)離れほどには、迎へ取るべし」と契りて、帰朝しぬ。
  
-るとき難波の浦のへんを行に、沖のかたに島のうかびたるうにて白き物みゆ。ちかくなままにみ童にみなしあやしければひかへてみればいとちかくよりくるに、四ばかりなる児の、しろくおかしげなる、浪につきてよりきたり。馬をうちよてみれば、大なる魚+遣唐使の来とに、「消息」と尋ぬあへて音もなし。おほきに恨みて、この児抱(いだ)きて、日本向きて、児の首に「遣唐使それがが子」といふ簡(ふだ)を書きて、結ひ付けて、「宿世(すく)あらば、親子中は行き逢ひん」と言ひて、海投げ入て帰ぬ
  
-従者をもちていだらせてければ、くびふだあり。「遣唐使それがしが子」とけり。「さは、子にこそありけれ。もろこしにて、ひ契し児をはずとて、母が腹ちて海にげ入てけるが、しかるべき縁ありて、かく魚にりてたるなめり」とあはれにおぼえて、いみじうかなしくてやしなふ。遣唐使のきけるに付て、よしをきやりたりければ、母も今ははかなきに思けるに、かくときてなん、「希有のなり」と悦ける。+父、あるとき難波の浦の辺(へん)を行くに、沖の方に、島の浮びたるやうにて、白きもの見ゆ。近くなるままに見れば、童に見なしつ。怪しければ、馬をひかへて見れば、いと近く寄り来るに、四つばかりなる児の、白くをかしげなる、波につきて寄り来たり。馬をうち寄せて見れば、大きなる魚の背中に乗れり。 
 + 
 +従者をもちて、抱らせてければ、あり。「遣唐使それがしが子」とけり。「さは、わが子にこそありけれ。唐土(もろこし)にて、ひ契し児を、問はずとて、母が腹ちて海にげ入てけるが、しかるべき縁ありて、かく魚にりてたるなめり」とあはれにえて、いみじうかなしくてふ。 
 + 
 +遣唐使のきけるに付て、このよしをきやりたりければ、母も今ははかなきものに思けるに、かくときてなん、「希有のことなり」と悦ける。 
 + 
 +さて、この子、大人になるままに、手をめでたく書きけり。魚に助けられたりければ、名をば魚養((朝野宿禰魚養・朝野魚養))とぞ付たりける。七大寺((南都七大寺。東大寺・興福寺・元興寺・大安寺・西大寺・薬師寺・法隆寺))の額どもは、これが書きたるなりけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  いまはむかし遣唐使のもろこしにあるあひたに妻をまうけ 
 +  て子を生せつその子いまたいとけなき程に日本に帰る妻に 
 +  契ていはくこと遣唐使いかんにつけて消息やるへし又此子乳 
 +  母はなれん程にはむかへとるへしと契て帰朝しぬ母遣唐使の 
 +  くることに消息やあると尋ぬれとあへてをともなし母おほきに 
 +  恨てこの児をいたきて日本へむきて児のくひに遣唐使 
 +  それかしか子といふ簡を書てゆひつけてすく世あらは親子の中は 
 +  行逢なんといひて海になけ入て帰ぬ父あるとき難波の浦の 
 +  へんを行に沖のかたに島のうかひたるやうにて白き物みゆちかく 
 +  なるままにみれは童にみなしつあやしけれは馬をひかへてみれは 
 +  いとちかくよりくるに四はかりなる児のしろくおかしけなる浪に 
 +  つきてよりきたり馬をうちよせてみれは大なる魚のせなかに 
 +  のれり従者をもちていたきとらせてみけれはくひにふたあり/下86ウy426 
 + 
 +  遣唐使それかしか子とかけりさは我子にこそありけれもろ 
 +  こしにていひ契し児をとはすとて母か腹たちて海になけ 
 +  入てけるかしかるへき縁ありてかく魚にのりてきたるなめりと 
 +  あはれにおほえていみしうかなしくてやしなふ遣唐使のいき 
 +  けるに付て此よしをかきやりたりけれは母も今ははかなき物に 
 +  思けるにかくとききてなん希有の事なりと悦けるさてこの子 
 +  おとなに成ままに手をめてたく書けり魚にたすけられたりけれは 
 +  名をは魚養とそ付たりける七大寺の額共はこれか書たる也けり/下87オy427 
 + 
  
-さて、この子おとなに成ままに、手をめでたく書たりけり。魚にたすけられたりければ、名をば魚養とぞ付たりける。七大寺の額共は、これが書たる也けり。 
text/yomeiuji/uji178.txt · 最終更新: 2019/11/25 21:20 by Satoshi Nakagawa