text:yomeiuji:uji176
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text:yomeiuji:uji176 [2014/10/13 13:37] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji176 [2019/11/25 13:50] (現在) – [第176話(巻14・第1話)寛朝僧正、勇力の事] Satoshi Nakagawa | ||
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行 6: | 行 6: | ||
**寛朝僧正、勇力の事** | **寛朝僧正、勇力の事** | ||
- | 今はむかし、遍照寺僧正、寛朝と云人、仁和寺をもしりたりければ、「仁和寺の破たる所、修理せさす」とて、番匠ども、各いでてのちに、「けふの造作は、いか程したるぞとみん」と思て、僧正、中ゆひうちして、高足太はきて、杖つきて、ただ独歩きて、あがるくいどもゆひたるもとに立まはりて、なま夕暮にみられたる程に、くろき装束したる男の、烏帽子引たれて、かほたしかにもみえずして、僧正の前にいできて、ついゐて刀をさかさまにぬきて、ひきかくしたるやうにもてなしてゐたりければ、僧正、「かれはなに物ぞ」と問けり。男、片膝をつきて、「わび人に侍り。さむさのたへがたく侍に、そのたてまつりたる御ぞ、一二おろし申さんと思給なり」といひままに、飛かからんと思たるけしき也ければ、「事にもあらぬ事にこそあんなれ。かくにおそろしげにおどさずとも、ただこはで、けしからぬぬしの心ぎはかな」といふままに、ちうと立めぐりて、尻をふたとけたりければ、けらるるままに、男かきけちて、みえずなりにければ、やはら歩帰て、坊のもとちかく行て、「人やある」とたかやかによびければ、坊より小法師走きにけり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 僧正、「行て火ともしてこよ。ここに、我きぬはがんとしつる男の、俄に失ぬるがあやしければ、みんと思ふぞ。法師原よびぐしてこ」とのたまひければ、小法師走帰て、「御房、ひはぎにあはせ給たり。御房たち、まいり給へ」とよばはりければ、坊々にありとある僧ども、火ともし太刀さげて、七八十人といできにけり。 | + | 今は昔、遍照寺僧正寛朝といふ人、仁和寺をも知りたりければ、「仁和寺の破れたる所、修理せさす」とて、番匠どもあまた集ひて作りけり。 |
- | 「いづくに盗人はさぶらふぞ」ととひければ、「ここにゐたりつる盗人の、我きぬをはがんとしつれば、はがれてはさむかりぬべくおぼえて、尻をほうとけたれば、失ぬる也。火をたかくともして、かくれたるかと見よ」との給ければ、法師原、「おかしくも仰らるるかな」とて、火をうちふりつつかみざまをみる程に、あがるくいの中におちつまりて、えはたらかぬ男あり。 | + | 日暮れて、番匠ども、おのおの出でて後に、「今日の造作はいかほどしたるぞ」と、「見ん」と思ひて、僧正、中結(なかゆひ)うちして、高足駄(たかあしだ)履きて、杖つきて、ただ一人歩み来て、あがる杭ども結ひたるもとに立ち回りて、なま夕暮れに見られたるほどに、黒き装束したる男の、烏帽子引き垂れて、顔たしかにも見えずして、僧正の前に出で来て、ついゐて刀を逆さまに抜きて、引き隠したるやうにもてなして、ゐたりければ、僧正、「彼は何者ぞ」と問ひけり。男、片膝をつきて、「わび人に侍り。寒さの耐へがたく侍るに、その奉りたる御衣(おんぞ)、一つ二つおろし申さんと思ひ給ふるなり」と言ふままに、飛びかからんと思ひたる気色なりければ、「ことにもあらぬことにこそあんなれ。かくに恐しげに脅さずとも、ただ乞はで、けしからぬ主(ぬし)の心ぎはかな」と言ふままに、ちうと立ちめぐりて、尻をふたと蹴たりければ、蹴らるるままに、男かき消ちて、見えずなりにければ、やはら歩み帰りて、坊のもと近く行きて、「人やある」と高やかに呼びければ、坊より小法師、走り来にけり。 |
- | 「かしこにこそ人はみえ侍りけれ。番匠にやあらんと思へども、くろき装束したり」といひて、のぼりてみれば、あがるくいの中に落はさまりて、みじろぐべきやうもなくて、うんじがほつくりてあり。さかてにぬきたりける刀は、いまだ持たり。それをみつけて、法師原、よりて刀も本鳥、かいなとをとりて、引あげておろしていてまいりたり。 | + | 僧正、「行きて、火灯して来よ。ここに、わが衣(きぬ)剥がんとしつる男の、にはかに失せぬるが怪しければ、見んと思ふぞ。法師ばら呼び具して来(こ)」とのたまひければ、小法師、走り帰りて、「御房、引剥(ひはぎ)にあはせ給ひたり。御房たち、参り給へ」と呼ばはりければ、坊々にありとある僧ども、火灯し、太刀さげて、七・八十人と出で来にけり。 |
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+ | 「いづくに盗人は候ふぞ」と問ひければ、「ここにゐたりつる盗人の、わが衣を剥がんとしつれば、剥がれては寒かりぬべく思えて、尻をほうと蹴たれば、失せぬるなり。火を高く灯して、隠れたるかと見よ」とのたまひければ、法師ばら、「をかしくも仰せらるるかな」とて、火をうち振りつつ、上(かみ)ざまを見るほどに、あがる杭の中に落ち詰まりて、えはたらかぬ男あり。「かしこにこそ人は見え侍りけれ。番匠にやあらんと思へども、黒き装束したり」と言ひて、登りて見れば、あがる杭の中に落ち挟まりて、みじろぐべきやうもなくて、倦(う)んじ顔作りてあり。逆手に抜きたりける刀は、いまだ持ちたり。それを見付けて、法師ばら寄りて、刀も、髻(もとどり)・腕(かいな)とを取りて、引き上げて下して、率て参りたり。 | ||
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+ | 具して坊に帰りて、「今より後、老法師とてなあなづりそ。いとびんなきことなり」と言ひて、着たりける衣の中に、綿厚かりけるを脱ぎて取らせて、生ひ出だしてやりてけり。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | 今はむかし遍照寺僧正寛朝と云人仁和寺をもしりたりけれは仁和 | ||
+ | 寺の破たる所修理せさすとて番匠ともあまたつとひて作 | ||
+ | けり日暮て番匠とも各いててのちにけふの造作はいか程したる | ||
+ | そとみんと思て僧正中ゆひうちして高足太はきて杖つきてたた | ||
+ | 独歩きてあかるくいともゆひたるもとに立まはりてなま夕暮にみら | ||
+ | れたる程にくろき装束したる男の烏帽子引たれてかほたしかにも | ||
+ | みえすして僧正の前にいてきてついゐて刀をさかさまにぬきて/下83ウy420 | ||
+ | |||
+ | ひきかくしたるやうにもてなしてゐたりけれは僧正かれはなに物 | ||
+ | そと問けり男片膝をつきてわひ人に侍りさむさのたへかたく | ||
+ | 侍にそのたてまつりたる御そ一二おろし申さんと思給なりといふままに | ||
+ | 飛かからんと思たるけしき也けれは事にもあらぬ事にこそあんなれ | ||
+ | かくにおそろしけにおとさすともたたこはてけしからぬぬしの | ||
+ | 心きはかなといふままにちうと立めくりて尻をふたとけたりけれは | ||
+ | けらるるままに男かきけちてみえすなりにけれはやはら歩帰て | ||
+ | 坊のもとちかく行て人やあるとたかやかによひけれは坊より小法師 | ||
+ | 走きにけり僧正行て火ともしてこよここに我きぬはかんと | ||
+ | しつる男の俄に失ぬるかあやしけれはみんと思ふそ法師原 | ||
+ | よひくしてことのたまひけれは小法師走帰て御房ひはきに | ||
+ | あはせ給たり御房たちまいり給へとよははりけれは坊々にありと | ||
+ | ある僧とも火ともし太刀さけて七八十人といてきにけり/下84オy421 | ||
+ | |||
+ | いつくに盗人はさふらふそととひけれはここにゐたりつる盗人の | ||
+ | 我きぬをはかんとしつれははかれてはさむかりぬへくおほえて尻を | ||
+ | ほうとけたれは失ぬる也火をたかくともしてかくれたるかと見よと | ||
+ | の給けれは法師原おかしくも仰らるるかなとて火をうちふりつつ | ||
+ | かみさまをみる程にあかるくいの中におちつまりてえはたらかぬ | ||
+ | 男ありかしこにこそ人はみえ侍りけれ番匠にやあらんと思へともくろ | ||
+ | き装束したりといひてのほりてみれはあかるくいの中に落はさ | ||
+ | まりてみしろくへきやうもなくてうんしかほつくりてありさか | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | くして坊に帰て今よりのち老法師とてなあなつりそいとひん | ||
+ | なき事なりといひてきたりけるきぬの中に綿あつかりけるを | ||
+ | ぬきてとらせておひ出してやりてけり/下84ウy422 | ||
- | ぐして坊に帰て、「今よりのち、老法師とて、なあなづりそ。いとびんなき事なり」といひて、きたりけるきぬの中に、綿あつかりけるを、ぬぎてとらせて、おひ出してやりてけり。 |
text/yomeiuji/uji176.txt · 最終更新: 2019/11/25 13:50 by Satoshi Nakagawa