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宇治拾遺物語

第175話(巻14・第1話)海雲比丘の弟子の童の事

海雲比丘弟子童事

海雲比丘の弟子の童の事

いまはむかし、海雲比丘、道を行給に、十余歳斗なる童子、道に逢ぬ。比丘、童に問て云、「何のれうの童ぞ」との給。

童答云「ただ、道にまかる物にて候」と云。比丘云、「汝は法花経はよみたりや」ととへば、童云、「法花経と申候はん物こそ、いまだ名をだにも聞候はね」と申。比丘又云、「さらば我房にぐして行て、法花経をしへん」との給へば、童、「仰にしたがふべし」と申して、比丘の御共に行。五台山の房に行付て、法花経を教給。

経をならふ程に、小憎、常に来て物語を申。誰人としらず。比丘のの給、「つねにきたる小大徳をば、童はしりたりや」と。童、「しらず」と申。比丘の云、「是こそ、此山に住給、文殊よ。我に物語しに来給也」と。かやうに教へ給へども、童は文殊といふ事もしらず候也。されば、何とも思たてまつらず。

比丘、童にの給、「汝、ゆめゆめ女人に近付事なかれ。あたりをはらひて、なるる事なかれ」と。童、物へ行程に、あし毛なる馬に乗たる女人の、いみじくけしやうして、うつくしきが、道にあひぬ。此女の云、「この馬の口引てたべ。道のゆゆしくあしくて、落ぬべくおぼゆるに」といひけれども、童、耳にも聞入ずして行に、此馬あらだちて、女さかさまにおちぬ。

うらみて云、「我を助よ。すでに死ぬべくおぼゆるなり」といひけれども、猶耳に聞入ず。「我師の『女人のかたはらへよる事なかれ』との給しに」と思て、五台山へ帰て、女のありつるやうを、比丘に語申て、「されども耳にも聞入ずして帰候ぬ」と申ければ「いみじくしたり。其女は、文殊の化して、汝が心をみ給にこそあるなれ」とてほめ給けり。

さる程に、童は法花経一部よみ終にけり。其時、比丘の給はく、「汝、法花経をばよみはてぬ。今は法師に成て、受戒すべし」とて、法師になされぬ。「受戒をば、我はさづくるべからず。東京の禅定寺にいまする、倫法師と申人、この比おほやけの宣旨を蒙て受戒行人なり。其人のもとへ行て受べき也。但今は汝をみるまじき事のあるなり」とて、泣給事かぎりなし。童の申、「受戒仕ては則帰まいり候べし。いかにおぼしめして、かくは仰候ぞ」と。又「いかなれば、かくなかせ給ぞ」と申せば、「ただ、かなしき事のあるなり」とて、なき給。さて、童に、「戒師のもとに行たらんに『いづかたよりきたる人ぞ』と、とはば『清冷山の海雲比丘のもとより』と申べき也」とをしへ給て、なくなく見をくり給ぬ。

童、仰にしたがひて、倫法師のもとに行て、受戒すべきよし申ければ、あんのごとく、「いづかたよりきたる人ぞ」と問給ければ、をしへ給つるやう申ければ、倫法師驚て、「たうとき事なり」とて、礼拝して云、「五台山には、文殊のかぎり住給所なり。汝、沙弥は、海雲比丘の善知識にあひて、文殊をよくおがみたてまつりけるにこそ有けれ」とて、たうとぶ事限なし。

さて、受戒して、五台山へ帰て、日来ゐたりつる房の有所をみれば、すべて人の住たるけしきなし。泣々ひと山を尋ありけども、つゐ在所なし。

これは、優婆崛多の弟子の僧、かしこけれども、心よはく女にちかづきけり。これは、いとけなけれども、心つよくて女人にちかづかず。かるがゆへに文殊これをかしこき物なれば、教化して、仏道に入しめ給也。されば、世の人、戒をば破べからず。

text/yomeiuji/uji175.txt · 最終更新: 2014/10/13 13:36 by Satoshi Nakagawa
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