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text:yomeiuji:uji174 [2014/10/13 13:36] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji174 [2019/11/24 18:20] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **優婆崛多の弟子の事** **優婆崛多の弟子の事**
  
-いまはむかし、天竺に仏の御弟子、優婆崛多と云聖おはしき。如来滅後、百年ばかりありて、其聖に弟子ありき。いかなる心ばへをか見給たりけん、「女人に近づく事なかれ。女人にちかづけば、生死にめぐる事、車輪のごとし」とつねにいさめ給ければ、弟子の申さく、「いかなる事を御覧じて、たびたびかやうにうけ給るぞ。我も証果の身にて侍れば、ゆめゆめ女にちかづく事あるべからず」と申。+===== 校訂本文 =====
  
-の弟子共も「此中にはこに貴人をいかなればかくはの給らん」とやしく思ける程に弟子の僧、物行とて、川たりける時、女人出来て、おなじ渡りけるが、ただ、流にがれて、「あらなし我をたす給へ。あ御房」といひければ、「師の給し事あり。耳にきき入じ」と思け、ただながれにきしづみ流けば、いとおしくて、よりて手をりて、引渡しつ+今は昔、天竺に、仏弟子、優婆崛多(うばくつた)いふ聖おはし。如来滅後百年ばかりてその聖に弟子ありき。いかなる心ばへをか見給ひたりけ女人に近付ことなか女人に近付ば、生死(しやうじ)にめぐること車輪ごとし」と、常にさめ給ひければ、弟子申さく、「いかなことを御覧じて、たびたびかやに承るぞ。わも証果(ようわ)の身に侍ればゆめゆめ女に近付くこあるべからず」と申す
  
-いと白くふくやか、いとよりければ、此手をなしえず、女、「いは手をはづし給へかし。物おそろしき物かな」と思けしきていひければ、僧のいはく、「先世の契、ふき事やらむ。きはめて心ざふかくおもひきこゆ。わが申さん事、ききてんや」とひければ、女こたふ、「只今ぬべか命を、たすけ給たば、いかなる事なりとも、なしにかはいな申さむ」といひければ、「うれ」と思て、萩、すすきのおひしげたる所へ、手をりて、「いざ給へ」とていれつ。+弟子どもも「この中はことに貴き人を、いかれば、かくのたふらん」と、怪しくひけほどに、この弟子の、もへ行とて、川を渡りける時、女人出で来て、同じく渡りけるが、ただ流れに流れて、「あらし。われを助けへ。あの御房」とひければ、「師ののたまひことあ。耳に聞き入れじ」と思ひけ、ただ流れに浮き沈流れければ、いとほて、手をりて、引き渡しつ。
  
-をしせて、ただ犯おかさんとて、またにはさまりてあるおり、この女をれば、我師尊者な。あさましく思て、ひきのかんとれば、優婆崛多よくはさみて、「なんのうに此老法師をば、かくはせたむぞや。れや汝、女犯の心き証果の聖者なる」との給ければ、物も覚ず、はづかく成て、「はさまれたるをのがれん」とども、すべてよくはさみてはずさず+手のいと白く、くやかにて、いとよかければ、この手を放し得ず。、「今は手はづし給へかし」、「物恐しき者かな」と思ひたる気色にて言ひければ、いはく、「先世の契深きことやらむ、きはめて心ざく思ひ聞こゆ。わが申さんこと聞給ひてや」言ひければ、女答ふだ今死ぬべかりる命を助け給ひたれば、るこりとも、何しにかは否み申さむ」と言ひければ、「嬉」と思ひて、萩・薄(すすき)の生ひしげりたる所へ、手取りて、「いざ給へ」とて引き入れつ。
  
-さて、かくののしり給ければ、道行人あつまりてる。あさましくはづかしき事限なし。かやうに諸人にせて後、き給て、弟子をとらへて、寺におはして、鐘をつき、衆会をなして、大衆によしかたり給。人々わらふ事限なし弟子の僧いきたるにもあらず、死たるにもあら覚けり+押し伏せて、ただ犯しに犯さんとて、股にはさまりてある折、この女を見れば、わが師の尊者なり。あさましく思ひて、引きのかんとすれば、優婆崛多、股に強くはさみて、「何(なん)の料(れう)に、この老法師をば、かくはせたむるぞや。これやなんぢ、女犯(によぼん)の心なき証果の聖者なる」とのたまひければ、ものも覚えず、恥かしくなりて、「はさまれたるを逃れん」とすれども、すべて強くはさみて外さず。 
 + 
 +さて、かくののしり給ければ、道行まりてる。あさましくかしきことかぎりなし。かやうに諸人にせて後、き給て、弟子を捕(とら)へて、寺におはして、鐘をつき、衆会(しゆゑ)をなして、大衆にこのよし語り給ふ。人々笑ふことぎりなし。弟子の僧、生きるにもあらず、死にたるにもあらず覚えけ。 
 + 
 +かくのごとく、罪を懺悔(さんげ)してければ、阿那含果(あなごんくわ)を得つ。尊者、方便をめぐらして、弟子をたばかりて、仏道に入らしめひけり 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  いまはむかし天竺に仏の御弟子優婆崛多と云聖おはしき如来/下80ウy414 
 + 
 +  滅後百年はかりありて其聖に弟子ありきいかなる心はへをか 
 +  見給たりけん女人に近つく事なかれ女人にちかつけは生死にめくる 
 +  事車輪のことしとつねにいさめ給けれは弟子の申さくいかなる 
 +  事を御覧してたひたひかやうにうけ給るそ我も証果の身にて 
 +  侍れはゆめゆめ女にちかつく事あるへからすと申余の弟子共も 
 +  此中にはことに貴き人をいかなれはかくはの給らんとあやしく 
 +  思ける程に此弟子の僧物へ行とて川をわたりける時女人 
 +  出来ておなしく渡りけるかたた流になかれてあらかなし我を 
 +  たすけ給へあの御房といひけれは師のの給し事あり耳に 
 +  きき入しと思けるかたたなかれにうきしつみ流けれはいとおしく 
 +  てよりて手をとりて引渡しつ手のいと白くふくやかにて 
 +  いとよかりけれは此手をはなしえす女いまは手をはつし給へ 
 +  かし物おそろしき物かなと思たるけしきにていひけれは僧の/下81オy415 
 + 
 +  いはく先世の契ふかき事やらむきはめて心さしふかくおもひきこ 
 +  ゆわか申さん事きき給てんやといひけれは女こたふ只今しぬへかり 
 +  つる命をたすけ給たれはいかなる事なりともなにしにかはいなみ 
 +  申さむといひけれはうれしと思て萩すすきのおひしけりたる 
 +  所へ手をとりていさ給へとて引いれつをしふせてたた犯におか 
 +  さんとてまたにはさまりてあるおりこの女をみれは我師の尊者 
 +  なりあさましく思てひきのかんとすれは優婆崛多またにつ 
 +  よくはさみてなんのれうに此老法師をはかくはせたむるそやこれや 
 +  汝女犯の心なき証果の聖者なるとの給けれは物も覚すはつ 
 +  かしく成てはさまれたるをのかれんとすれともすへてつよくはさみて 
 +  はすさすさてかくののしり給けれは道行人あつまりてみるあさましく 
 +  はつかしき事限なしかやうに諸人にみせて後おき給て弟子を 
 +  とらへて寺におはして鐘をつき衆会をなして大衆に此よし/下81ウy416 
 + 
 +  かたり給人々わらふ事限なし弟子の僧いきたるにもあら 
 +  す死たるにもあら覚けりかくのことく罪を懺悔してけれは 
 +  阿那含果をえつ尊者方便をめくらして弟子をたはかりて仏道に入しめ給けり/下82オy417
  
-かくのごとく、罪を懺悔してければ、阿那含果をえつ。尊者、方便をめぐらして、弟子をたばかりて、仏道に入しめ給けり。 
text/yomeiuji/uji174.txt · 最終更新: 2019/11/24 18:20 by Satoshi Nakagawa