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text:yomeiuji:uji173 [2014/04/19 15:53] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji173 [2019/11/24 00:02] (現在) Satoshi Nakagawa
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 +宇治拾遺物語
 ====== 第173話(巻13・第13話)清瀧川の聖の事 ====== ====== 第173話(巻13・第13話)清瀧川の聖の事 ======
  
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 **清瀧川の聖の事** **清瀧川の聖の事**
  
-今はむかし、清滝川のおくに、柴の庵つくりておこなふ僧ありけり。水ほしき時は水瓶を飛して汲にやりてのみけり。年経にければ、「かばかりの行者はあらじ」と時々慢心おこりけり。+===== 校訂本文 =====
  
-かかりける程に、我ゐたる上ざまよ、水瓶来をくむ。「いかなる物の、又かくはするやらん」とぞ、ねたまくおぼえければ、「見あらさん」とおもふ程に例の水瓶飛て、水をて行。その時、水瓶につきて行て、水上に五六町のぼりて、庵行てみれば、三間斗なる庵り。持仏堂、別にいみく造た。実に、いみじう貴とし+今は昔、清滝川の奥に、柴の庵造りて行ふ僧ありけり。き時は、水瓶(すいびやう)をばして、汲みにりてけり年経にければ、「かばかりの行者は」と時々慢心おこりけり。
  
-物きよくすまたり。庵に橘の木あり。木の下に行道したるあとあり。閼伽棚の下に、花がらおほく積れり。砌に苔むしたり。かみさびたる事限なし。窓のひまよりのぞけば、机に経おほく巻さしたるなどあり。不断香の煙みちたり。よくみれば、歳七八十斗なる僧の、貴げなる、五古をにぎり、脇足にをかかりて眠居たり+かかりけるほどに、わがゐたる上ざまり、水瓶来たりて、水を汲む。「いかなる者の、またかるやらん」とぞ、妬しく思えければ、「見あらはさん」と思ふほどに、例の水瓶飛び来て、水を汲みて行く。その時、水瓶に付きて行きて見るに、水上に五・六十町上(のぼ)りて、庵見ゆ。行きて見れば、三間ばかりなる庵あり。持仏堂、別にいみじく造りたり。まことに、いみじう貴し。もの清く住まひたり。庵に橘の木あり。木の下に行道(ぎやうだう)したるあり。閼伽棚(あかだな)の下に、花がらく積れり。砌(みぎり)に苔むしたり。さびたることかぎりし。
  
-「此僧を心みん」と思て、やはらより火界呪をもちて加持す。火焔はかにおこりて、庵につ。聖眠ながら、散杖をとりて、香水にさしして、四方にそそぐ其時、庵火は消て、我衣に火付て、だ、焼にや。しもの聖大声をはちてまどふ時に、上聖、目をみあ散杖持て下の聖の頭そそぐ。其時、火消ぬ+窓の隙(ひま)よりのぞけば経多く、さしたるなどあり不断香煙満ちり。よ見れば歳七・八十ばかりる僧なる五鈷握り脇足(けふそく)おしかかりて眠りゐたり
  
-上聖のいはく、「何れうにかかる目をば見ぞ」とふ。こたへて、「これは年ごろのつらに庵を結て行候修行者にて候。此程、水瓶のて水を汲候つる時に、『いかなる人のおはしますぞ』と思候て、『見あらはし奉らん』とて参たり。『ちと心みたてまつらんとて加持しつるなり御ゆるし候へけふよりは御弟子に成て仕侍らんといふに人は何事いふとも思はぬにて有けりとぞ。+「この僧を試みん」と思ひて、やはら寄りて、火界呪をもちて加持す。火焔にはかにおこりて、庵につく。聖、眠りながら、散杖(さんぢやう)を取りて、香水にさし浸して、四方にそそく。その時、庵の火は消えて、わが衣に火つきて、ただ、焼きに焼く。下(しも)の聖、大声を放ちて惑ふ時に、の聖、目を見上げて、散杖を持ちて、下の聖の頭にそそぐ。その時、火消えぬ。 
 + 
 +上の聖のいはく、「何料(なにれう)にかかる目をば見ぞ」とふ。へていはく、「これは年ごろ面(つら)に庵を結て行修行者にて候このほど、水瓶の来たり水を汲つる時に、『いかなる人のおはしますぞ』と思て、『見あらはし奉らん』とて参たり。『ちと試み奉らん』とて、加持しつるなり。御許し候へ。今日よりは御弟子になりて仕へ侍らん」と言ふに、聖、人は何事言ふぞとも思はぬげにてありけりとぞ。 
 + 
 +「下の聖、『わればかり貴き者はあらじ』と、憍慢(けうまん)のありければ、仏の憎て、まさる聖をまうけて、合はせられけるなり」とぞ、語り伝へる。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今はむかし清滝川のおくに柴の庵つくりおこなふ僧ありけり 
 +  水ほしき時は水瓶を飛して汲にやりてのみけり年経にけれは 
 +  かはかりの行者はあらしと時々慢心おこりけりかかりける程に我ゐたる 
 +  上さより水瓶来て水をくむいかなる物の又かくはするやらんと 
 +  そねたましくおほえけれは見あらはさんとおもふ程に例の水瓶飛来て 
 +  水を汲て行その時水瓶にきて行てみるに水上に五六十町 
 +  のほりて庵みゆ行てみれは三間斗なる庵あり持仏堂別に 
 +  いみしく造たり実にいみしう貴とし物きよくすまゐたり 
 +  庵に橘の木あり木の下に行道したるあとあり閼伽棚の下に 
 +  花かおほく積れり砌に苔むしたりかみさひたる事限なし 
 +  窓のひまよりのそけは机に経おほく巻さしたるなとあり不断 
 +  香の煙みちたりよくみれは歳七八十斗なる僧の貴けなる五古を 
 +  にきり脇足にをしかかりて眠居たり此僧を心みと思てやはら/下80オy413 
 + 
 +  よりて火界呪をもちて加持す火焔にはかにおこりて庵につく 
 +  聖眠なから散杖をとりて香水にさしひたして四方にそそく其時 
 +  庵の火は消て我衣に火付てたた焼にやくしもの聖大声をは 
 +  なちてまとふ時に上の聖目をみあけて散杖を持て下の聖の 
 +  頭にそそく其時火消ぬ上聖のいはく何れうにかかる目をは見そと 
 +  とふこたへて云これは年ころ河のつらに庵を結て行候修行 
 +  者にて候此程水瓶のきて水を汲候つる時にいかなる人のおはし 
 +  ますそと思候て見あらはし奉らんとて参たりちと心みたてまつらん 
 +  とて加持しつるなり御ゆるし候へけふよりは御弟子に成て仕侍らん 
 +  といふに聖人は何事いふとも思はぬにて有けりとそ下の 
 +  聖我斗たうときものはあらしとけうまんの心ありけれは仏の 
 +  にくみてまさる聖をまうけてあはせられけるなりとそ語伝たる/下80ウy414
  
-下の聖、我斗たうときものはあらじと、けうまんの心ありければ、仏のにくみて、まさる聖をまうけて、あはせられけるなりとぞ、語侍たる。 
text/yomeiuji/uji173.txt · 最終更新: 2019/11/24 00:02 by Satoshi Nakagawa