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text:yomeiuji:uji170 [2017/09/26 02:48]
Satoshi Nakagawa [第170話(巻13・第10話)慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事]
text:yomeiuji:uji170 [2019/11/21 23:46] (現在)
Satoshi Nakagawa
ライン 6: ライン 6:
 **慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事** **慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事**
  
-むかし、慈覚大師、仏法をならひ伝へんとて、もろこしへ渡給ておはしける程に、会昌年中に唐武宗、仏法をほろぼして、堂塔をこぼち、僧、尼をとらへてうしなひ、或は還俗せしめ給乱に合給へり。+===== 校訂本文 =====
  
-大師もとらへんとしける程に、逃てある堂の内ぬ。其使、堂へ入さがしける大師、すべきかたなくて、仏の中に逃入て不動を念給ける程に、使、求けるに、あたらしき不動尊、仏の御中におはしけり。それあやがりて、いだきおろしてみるに大師、もとのすがたに成給ぬ。使、おどろきて、御門にこのよしを奏す。御門、仰られけるは、「他国の聖也。すみやか追はなつべし」と仰ければ、はなちつ+昔、慈覚大師((円仁))、仏法を習ひ伝へんとて、唐土(もろこ)渡りおはしけるほどに会昌年中に、唐の武宗、仏滅ぼして、堂塔をこぼち僧・尼を捕へ失ひ還俗せしめ給ふ乱あひ給へり
  
-大師喜て、他国逃給に、遥なる山をへだてて、家あり。築地高くきめぐらして一の門あ。そこに人たり。悦をとひ給に「これはひとり長者の家な。わ僧は何人ぞ」ととふ。答「日本国より、仏法ならつたへんとてわたれる僧なり。しかるに、かくあさましきみだれにあひて『しばしかくれてあらん』と思なり」といふに「これは、おぼろげに人きたらぬ所也。しばらくここにおはして、世づまて後出て、仏法もならひ給へ」とへば、大師喜びをなして内へ入れば門をさしこめて、おくかたに入に尻に立て行てみ様々のやども作人おほく、さはがし。かたはらなる所に、すへつ。+大師も捕んとしけるほどに、逃げて、ある堂内へ入給ひぬその使(かひ)堂へ入りて捜しける間、大師、すべき方て、中に逃げ入りて、不動を念じ給けるほどに、使求めけるに、しき不動尊御中におはしけり。それを怪りて、抱(だ)き下して見るに、大師、もとの姿になり給ひ。使驚きて、帝にこよしを奏す。帝仰せらけるは「他国聖なり。すみかに追ひ放べし」と仰せれば放ちつ。
  
-「仏法らひつべき所やあ」と見ありきに、仏法、僧侶等、すべ見えずろのかたに、山によりて宅あり。よりてきば、人のうめくこゑのあまあやしくて、かきのひ給へば、をしばり、上よりつりさて、どもをすへて、血をたらる。+大師、喜び、他国へ逃げ給ふに、遥かなる山を隔てて人の家あり。築地(ついぢ)高くつめぐらして、一つの門あり。そこに、人立悦びをなて問ひ給ふに、「これは人の長者の家なり。わ僧は何人ぞ」と問ふ。答へていはく、「日本国より、仏法習ひ伝へんと渡れる僧なり。しかるに、かくあさまし乱(みだれ)にあひて、『しし隠れてあらん』と思ふなり」と言ふに「これは、おぼろげに人のらぬ所なり。しばらここにおはして、世しづまりて後、出でて、仏法も習ひへ」と言へば、大師、喜びして内へ入ぬれば、門をし固めて、奥の方入るに、尻に立ちて行きて見れば、さまざまの屋(や)ども作り続けて、人多く騒が。傍らな所にすゑつ
  
-ましくて、ゆへをとへども、いらへもせず。大にあやしくて、又ことをきけば、同くにようをとす。のぞきてみれば、色あさましう青びれたる物どもの、せそんじたる、あまたふせり。一人をまねきよせて、「これはいかなる事ぞ。かやうにたへがたげにはいかである」ととへば、木のれを持て、ほそきかひなをさしいでて、土に書をみれば「これは纐纈城也。これへきたる人まづ物いはぬ薬をくはせて次にこゆる薬をくはす。さて、其後、たかき所釣さげ、所々をさし切て、血をやして、その血にてかうけつを染て売侍なり。これをしらずして、かかる目をみる也。食物中に、胡麻のやにて、ろみたる物り。それは、物いはぬ薬なり。さる物いらせらば、食まねをしてて給へて、人の物申さば、うめみうめき給へ。さて、後にいかにも逃べきしたくをして逃給へ門はかたくさして、おぼろげにて逃べきやうなし」とくはしくければありつる居所に帰居給ぬ+さて、「仏法習ひつべき所やある」と見歩(あり)給ふに、仏法・僧侶等、すべて見えず。後ろの方寄り一宅あり。寄り聞けばのう声のあまたす。怪しくて、垣(か)隙(ひま)より見給へば、人を縛りて、上より吊り下げて壷どをすゑ、血垂ら入るて、ゆゑどもいらへもせず
  
-さる程、人、ひ物もちり。しへつるやうに、ある中にあり。くふやうにしてころに入て、のちにすつ。人たりて、とへば、うめきて物ものず。「いましおほたり」と思て、肥べき薬をさまざまにしてくはすればおなじくくふまねしてくはず。人たちさるひに、艮方むかひて、「我山三宝助け給へ」と手をすり祈精((「請」誤か))し給に、大なる犬一疋でき、大師の御袖くひひくやうあり」とおぼえて引かたにいで給に思がけぬ水門のるよ引出し。外出ぬれば、犬は失ぬ。+おほき怪しくて、ま異所(ことどころ)聞けば、同じくよふ音す。のぞきて見れば、色あさましう青びれたる者どもの、痩せ損じたる、あまた臥せり。一人を招き寄せて、「これはいかなることぞ。かやうに耐へがたげにはいかであるぞ」問へば切れを持ちて、細腕(かひな)をさし出でて、土に書く見れば、「これは纐纈城(かけちじやう)なり。これへ来たる人には、まづものぬ薬を食はせて、次にゆる薬を食はす。て、その後、高き所釣り下げて、所々をさ切りて、血をあやして、そ血にて纐纈を染めて、売なり。これを知らずして、かかる目を見るなり。食物の中に、胡麻のやうにて、黒ばみたる物あり。それは、も言はぬ薬なり。さるもの参らせたらば食ふ真似をして捨て給へ。さ、人もの申さば、うめきにのみうめきへ。さて後に、いかにもし逃ぐべき支度逃げ給へ門は固くさして、おぼろげにて逃ぐべきやうなし」と、くはしく教へければ、ありつる居所帰りゐ給ひぬ。
  
-今はかうとおぼし、足のむきるかたへはし山を越て人里あり。人あひて、これはいづかおはする人の、かく走給ぞ」とれば、「かかる所へ行たが、逃てかるなり」とのに、「あはれあさましかりる事かな。それは纐纈城なり。こへ行ぬる人の帰事し。おぼろげの仏の御助ならでは、出べきやうなし。はれおはしける人かな」とておがみてさりぬ。+さるほどに、人、食ひ物持ちたり。教へつやうに、この色のある物、中にあり。食ふやうにして、懐(ふとろ)に入て、後(のち)に捨てつ。人来たりて、もを問へばうめきてものものたまず。「今はしおほせたり」とて、肥ゆべき薬をさまざまにして食はすれば、同じく食ふ真似して食はず。人の立ち去隙(ひ)に、艮(うしら)向かひて、「わが山((比叡山延暦寺))の三宝給へ」と手をすて祈請((底本「祈精」))給ふに、大きる犬、一疋出で来て、大師の御袖を食ひて引く。「やうあり」と思えて方に出で給ふに、思ひかぬ水門のあ引き出だしつ。外に出でぬれば、犬は失せぬ。
  
-それより、いよいよ逃て、又、都へ入て、忍おはするに、会昌六年に武宗崩じ給ぬ。翌年大中元年、宣宗位につき給て、仏法ほろぼすやみぬれば、思のごとく仏法ならひ給て、十年といふに日本へ帰給て、真言等ひろめ給けりとなん+今はかうと思して、足の向きたる方へ走り給ふ。遥かに山を越えて人里あり。人会ひて、「これは、いづ方よりおはする人の、かくは走り給ふぞ」と問ひければ、「かかる所へ行きたりつるが、逃げてまかるなり」とのたまふに、「あはれ、あさましかりけることかな。それは纐纈城なり。かしこへ行きぬる人の帰る事なし。おぼろげの仏の御助けならでは、出づべきやうなし。あはれ、貴くおはしける人かな」とて、拝みて去りぬ。 
 + 
 +それより、いよいよ逃げ来て、また((長安))へ入て、忍びておはするに、会昌六年に武宗崩じ給ぬ。翌年大中元年、宣宗位につき給て、仏法ぼすことやみぬれば、思のごとく仏法ひ給て、十年といふに日本へ帰給て、真言等広め給けりとなん。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし慈覚大師仏法をならひ伝へんとてもこしへ渡給て 
 +  おはしける程に会昌年中に唐武宗仏法をほろほして堂塔を 
 +  こほち僧尼をとらへてうしなひ或は還俗せしめ給乱に合給 
 +  へり大師もとらへんとしける程に逃てある堂の内へ入給ぬ其 
 +  使堂へ入てさかしける間大師すへきかたなくて仏の中に逃入て不 
 +  動を念給ける程に使求けるにあたらしき不動尊仏の御中に/下76ウy406 
 + 
 +  おはしけりそれをあやしかりていたきおろしてみるに大師もの 
 +  すかたに成給ぬ使おとろきて御門にこのよしを奏す御門 
 +  仰られけるは他国の聖也すみやかに追はつへしと仰けれははなち 
 +  つ大師喜て他国へ逃給に遥なる山をへたてて人の家あり築 
 +  地高くつきめくらして一の門ありそこに人たてり悦をなしてとひ 
 +  給にこれはひとりの長者の家なりわ僧は何人そととふ答て云 
 +  日本国より仏法ならひつたへとてわたれる僧なりしかるに 
 +  かくあさましきみたれにあひてしはしかくれてあらんと思なりと 
 +  いふにこれはおほろけに人のきたらぬ所也しはらくここにおはして 
 +  世しつまりて後出て仏法もならひ給へといへは大師喜をなして 
 +  内へ入ぬれは門をさしかためておくのかたに入に尻に立て行て 
 +  みれは様々のやとも作つつけて人おほくさはかしかたはらなる所に 
 +  すへつさて仏法ならひつへき所やあると見ありき給に仏法僧侶/下77オy407 
 + 
 +  等すへて見えすうしろのかた山によりて一宅ありよりてきけは人 
 +  のうめくこゑのあまたすあやしくてかきのひまよりみ給へは人をし 
 +  はりて上よりつりさけて下に壷ともをすへて血をたらしいる 
 +  あさましくてゆへをとへともいらへもせす大にあやしくて又こと所を 
 +  きけは同くにようをとすのそきてみれは色あさましう青ひれ 
 +  たる物とものやせそんしたるあまたふせり一人をまねきよせて 
 +  これはいかなる事そかやうにたへかたけにはいかてあるそととへは木の 
 +  きれを持てほそきかひなをさしいてて土に書をみれはこれは纐 
 +  纈城也これへきたる人にはまつ物いはぬ薬をくはせて次にこゆる 
 +  薬をくはすさて其後たかき所に釣さけて所々をさし切て血を 
 +  あやしてその血にてかうけつを染て売侍なりこれをしらすして 
 +  かかる目をみる也食物の中に胡麻のやうにてくろはみたる物あり 
 +  それは物いはぬ薬なりさる物まいらせたらは食まねをしてすて給へ/下77ウy408 
 + 
 +  さて人の物申さはうめきにのみうめき給へさて後にいかにもして 
 +  逃へきしたくをして逃給へ門はかたくさしておほろけにて逃へき 
 +  やうなしとくはしくをしへけれはありつる居所に帰居給ぬさる 
 +  程に人くひ物もちてきたりをしへつるやうに此色のある物中 
 +  にありくふやうにしてふところに入てのちにすてつ人きたりて 
 +  物をとへはうめきて物もの給はすいまはしおほせたりと思て 
 +  肥へき薬をさまさまにしてくはすれはおなしくくふまねして 
 +  くはす人のたちさりたるひまに艮方にむかひて我山の三宝助 
 +  け給へと手をすりて祈精し給に大なる犬一疋いてきて大 
 +  師の御袖をくひてひくやうありとおほえて引かたにいて給に 
 +  思かけぬ水門のあるより引出しつ外に出ぬれは犬は失ぬ今 
 +  はかうとおほして足のむきたるかたへはしり給はるかに山を 
 +  越て人里あり人あひてこれはいつかたよりおはする人のかくは走/下78オy409 
 + 
 +  給そととひけれはかかる所へ行たりつるか逃てまかるなりとの給に 
 +  あはれあさましかりける事かなそれは纐纈城なりかしこへ行ぬる人 
 +  の帰事なしおほろけの仏の御助ならては出へきやうなしあはれ貴く 
 +  おはしける人かなとておかみてさりぬそれよりいよいよ逃きて又都へ 
 +  入て忍ておはするに会昌六年に武宗崩し給ぬ翌年大 
 +  中元年宣宗位につき給て「仏法ほろほす事やみぬれは思 
 +  のことく仏法ならひ給て」十年といふに日本へ帰給て真言 
 +  等ひろめ給けりとなん/下78ウy410
  


text/yomeiuji/uji170.1506361706.txt.gz · 最終更新: 2017/09/26 02:48 by Satoshi Nakagawa