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text:yomeiuji:uji167 [2014/10/12 02:20] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji167 [2019/11/19 11:01] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **或唐人、女の羊に生たる知らずして殺す事** **或唐人、女の羊に生たる知らずして殺す事**
  
-いまは昔、唐になにといふ司になりて、下らんとする物侍き。名をば、けいそくといふ。それがむすめ一ありけり。ならびなくおかしげなりし。十余歳にして失にけり。父母、泣かなしむ事かぎりなし。+===== 校訂本文 =====
  
-さて二年斗ありてゐ中くだりてしたしき一家の一類はららあて、国へくだるべきよしをいひ侍らんとするに、市り羊を買りて、「人々にくはせん」とするに、の母の夢にみる様、うせにしむすめ、青き衣きて、ろきさいでて、からをつつみ、髪玉のかんざし一よそひをさしてきたり。たりおりにはらず+今は昔唐(もろこし)に、何とやいふ司(かさ)になりて、らんとする者侍りき。名をば、けいそく(([[text:k_konjaku:k_konjaku9-18|『今昔物語集』9-18]]によと、「慶植。))いふ。れが女(むすめ)一人ありけり。並びなくげなり。十余歳にして失せり。父母、泣むことぎりなし
  
-母にいふやう「わがいき侍し時に、父母、われをなしう給て、よろづまかせ給へりしかば、おや申さでつかひ人にらせ侍き。ぬはあらねどさで罪によりいま羊うけたり。きたりて、そのほうをつく侍らんとす。あすまさくびしろき羊になりて殺されんとす。ねがくは我命をゆるし給へ」といふとみつ+さて二年ばかりあり田舎下りて親しき一家の一類・同胞(はらら)集めて、国へ下るべき言ひ侍らんとするに、市より羊買ひ取この食はせんとすに、その母の夢に見るやう、失せにし女、青き衣を着て、白きでして頭(かしら)を包みて髪に玉簪(かんざし)一よそひさして来たり。きたりしらず
  
-おどろきて、つとめ食物する所みれば、青き羊のくび白きあり。は、せなかろくて、頭ふたつまだらあり。つねの人かんざなり。+母に言ふやう、「わが生きて侍りし時に父母、われをかなしうし給ひ、よろづまかせ給へりしかば、申さで物を取使ひ、また、人にも取らせ侍りき盗みにあらねど申さでせしより、今、羊身を受けたり。来たりて、そ報(ほう)を尽侍らんと。明日(あす)まさに首白き羊になりて、殺されんとす。願はくは、わが命を許し給へ」と言ふと見つ
  
-母、これをて、「しばしこの羊なころしそ。殿帰おはしてのちに、あんない申てゆるさんずるぞ」とふに、守殿、より帰て、「など人々まいをそき」とてむつかる。「されば、羊をてうじ侍てよそはんとするに、うへの御前、『しばし、なころしそ。殿に申てゆるさん』とて、とどめ給へば」などへば、腹立て、「ひがなせさせそ」とて、ころさんとて、るに、このまらどもれば、いとかしげにて、かほよき女子の十よさいばかりなるを、かみなはつけてけたり。+おどろきて、つとめて食ひ物する所を見れば、まことに青き羊の首白きあり。脛(はぎ)・背中白くて、頭に二つのまだらあり。常の人の簪(かんざし)さす所なり。母、これをて、「しばしこの羊なしそ。殿帰おはしてに、案内(あんない)さんずるぞ」とふに、守殿(かうのとの)ものより帰て、「など人々ものき」とてむつかる。「されば、この羊を調(てう)じ侍よそはんとするに、上(うへ)の御前、『しばし、なしそ。殿に申さん』とて、とどめ給へば」などへば、腹立て、「僻事(ひがごと)なせさせそ」とて、さんとて、るに、この客人(まらうど)どもれば、いとかしげにてよき女子の十余歳ばかりなるを、縄付けてけたり。この女子の言ふやう、「わらはは、この守の女(むすめ)にて侍りしが、羊になりて侍るなり。今日の命を、御前たち、助け給へ」と言ふに、この人々、「あなかしこ、あなかしこ、ゆめゆめ殺すな。申して来ん」とて行くほどに、この食ひ物する人は、例の羊と見ゆ。「さだめて、『遅し』と腹立ちなん」とて、うち殺しつ。その羊の鳴く声、この殺す者の耳には、ただの羊の鳴く声なり。
  
-この女子のいふやう、「わらははこの守の女にて侍しが、羊になりて侍也けふの命を御まへたちたすけ給へといふにこの人々、「あなかしこあなかしこゆめゆめころすな申てこんとてゆく程にこのくひ物する人は例の羊とみゆ。「めてをそしと腹立なんとてうちころしつそのひつのなくこゑこのころすもののみみにはの羊のなくこゑ也+さて、羊を殺して、炒り、焼き、さまざまにしたりけれど、この客人どもは、物も食はで帰りにければ、怪しがりて、人々に問へば、「しかじかなり」と始めより語りければ、悲しみてまどひけるほどに、病になりて死ににければ、田舎にも下り侍らずなりにけりとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  いまは昔唐になにとかやいふ司になりて下らんとする物侍き名をは 
 +  けいそくといふそれかむすめ一人ありけりならひなくおかしけな 
 +  りし十余歳にして失にけり父母泣かなしむ事かきりなし 
 +  さて二年斗ありてゐ中にくたりてしたしき一家の一類はら 
 +  からあつめて国へくたるへきよしをいひ侍らんとするに市より羊 
 +  を買とりてこの人々にくはせんとするにその母の夢にみる様うせ 
 +  にしむすめ青き衣をきてしろきさいてしてかしらをつつみて 
 +  髪に玉のかんさし一よそひをさしてきたりいきたりしおりに 
 +  かはらす母にいふやうわかいきて侍し時に父母われをかなしうし 
 +  給てよろつをまかせ給へりしかはおやに申さて物をとりつかひ又 
 +  人にもとらせ侍きぬすみにはあらねと申さてせし罪によりいま 
 +  羊の身をうけたりきたりてそのほうをつくし侍らんとすあす 
 +  まさにくひしろき羊になりて殺されんとすねかわくは我命を/下73オy399 
 + 
 +  ゆるし給へといふとみつおとろきてつとめて食物する所をみれは 
 +  誠に青き羊のくひ白きありはきせなかしろくて頭にふたつの 
 +  またらありつねの人のかんさしさす所なり母これをみてしはし 
 +  この羊なころしそ殿帰おはしてのちにあんない申てゆるさん 
 +  するそといふに守殿物より帰てなと人々まいり物はをそきとて 
 +  むつかるされは此羊をてうし侍てよそはんとするにうへの御前しはし 
 +  なころしそ殿に申てゆるさんとてととめ給へはなといへは腹立てひか 
 +  事なせさせそとてころさんとてつりつけたるにこのまら人とも 
 +  きてみれはいとおかしけにてかほよき女子の十よさいはかりなるを 
 +  かみになはつけてつりつけたりこの女子のいふやうわらははこの守 
 +  の女にて侍し羊になりて侍也けふの命を御まへたちたす 
 +  け給へといふにこの人々あなかしこあなかしこゆめゆめころすな申てこん 
 +  とてゆく程にこのくひ物する人は例の羊とみゆさめてをそしと/下73ウy400 
 + 
 +  腹立なんとてうちころしつそのひつのなくこゑこのころす 
 +  もののみみにはたの羊のなくこゑ也さて羊を殺して 
 +  いりやきさまさまにしたりけれとこのまら人ともは物もくはて帰に 
 +  けれはあやしかりて人々にとへはしかしかなりとはしめよりかた 
 +  りけれはかなしみてまとひける程に病に成て死ににけれは 
 +  ゐ中にもくたり侍らすなりにけりとそ/下74オy401
  
-さて、羊を殺していりやき、さまざまにしたりけれど、このまら人どもは、物もくはで帰にければ、あやしがりて、人々にとへば、しかじかなりと、はじめよりかたりければ、かなしみてまどひける程に、病に成て死ににければ、ゐ中にもくだり侍らずなりにけりとぞ。 
text/yomeiuji/uji167.txt · 最終更新: 2019/11/19 11:01 by Satoshi Nakagawa