text:yomeiuji:uji165
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text:yomeiuji:uji165 [2014/10/12 02:20] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji165 [2019/11/10 12:11] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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**夢買人の事** | **夢買人の事** | ||
- | むかし備中国に、郡司ありけり。それが子に、ひきのまき人といふありけり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | わかき男にてありける時、夢をみたりければ、「あはせさせん」とて、夢ときの女のもとに行て、夢合てのち、物語してゐたる程に、人々あまたこゑしてくなり。国守の御子の太郎君のおはすなりけり。年は十七八斗の男にておはしけり。心ばへはしらず、かたちはきよげなり。人、四五人ばかりぐしたり。「これや夢ときの女のもと」ととへば、御共の侍、「これにて候」といひてくれば、まき人は上の方の内に入て、部屋のあるに入て、穴よりのぞきてみれば、この君入給て、「夢をしかじかみつる。いかなるぞ」とて、かたりきかす。女聞て、「よにいみじき御夢なり。かならず大臣までなりあがり給べき也。返々目出く御覧じて候。あなかしこ、あなかしこ、人にかたり給な」と申ければ、此君、うれしげにて、衣をぬぎて、女にとらせて帰ぬ。 | + | 昔、備中国に郡司ありけり。それが子に、ひきのまき人((吉備真備か。))といふありけり。若き男にてありける時、夢を見たりければ、「合はせさせん」とて、夢解きの女のもとに行きて、夢合せてのち、物語してゐたるほどに、人々あまた声して来(く)なり。国守の御子の太郎君のおはすなりけり。年は十七・八ばかりの男にておはしけり。心ばへは知らず、形は清げなり。人、四・五人ばかり具したり。「これや夢解きの女のもと」と問へば、御供の侍、「これにて候ふ」と言ひて来れば、まき人は上の方の内に入りて、部屋のあるに入りて、穴よりのぞきて見れば、この君入り給て、「夢をしかじか見つる。いかなるぞ」とて、語り聞かす。女、聞きて、「よにいみじき御夢なり。必ず大臣まで成り上がり給ふべきなり。かへすがへすめでたく御覧じて候ふ。あなかしこあなかしこ、人に語り給ふな」と申しければ、この君、嬉しげにて、衣(きぬ)を脱ぎて、女に取らせて帰りぬ。 |
- | そのおり、まき人、部屋より出て、女にいふやう、「夢はとるといふ事のあるなり。此君の御夢、我にとらせ給へ。国守は四年過ぬれば、帰のぼりぬ。我は国人なれば、いつもながらへてあらんずるうへに、郡司の子にてあれば、我をこそ大事に思はめ」といへば、女、「のたまはんままに侍べし。さらば、おはしつる君のごとくにして、入給て、そのかたられつる夢を、つゆもたがはず、かたり給へ」といへば、まき人悦て、かの君のありつるやうに入きて、夢がたりをしければ、女おなじやうにいふ。まき人、いとうれしく思て衣をぬぎてとらせてさりぬ。 | + | その折、まき人、部屋より出でて、女に言ふやう、「夢は取るといふことのあるなり。この君の御夢、われに取らせ給へ。国守は四年過ぎぬれば、帰り上りぬ。われは国人なれば、いつも長らへてあらんずる上に、郡司の子にてあれば、われをこそ大事に思はめ」と言へば、女、「のたまはんままに侍るべし。さらば、おはしつる君のごとくにして、入り給ひて、その語られつる夢を、つゆも違(たが)はず語り給へ」と言へば、まき人悦びて、かの君のありつるやうに入り来て、夢語りをしければ、女、同じやうに言ふ。まき人、いと嬉しく思ひて、衣を脱ぎて取らせて去りぬ。 |
- | そののち、文をならひ、よみければ、ただとほりにとほりて、才ある人になりぬ。大やけきこしめして、心みらるるにまことに才ふかくありければ、もろこしへ物よくよくならへとて、つかはして、久しくもろこしにありて、さまざまの事どもならひつたへて帰たりければ、御門、かしこき物におぼしめして、次第になしあげ給て、大臣までになされにけり。 | + | その後、文を習ひ読みければ、ただ通りに通りて、才(ざえ)ある人になりぬ。おほやけ聞こし召して、試みらるるに、まことに才深くありければ、唐土(もろこし)へ、「ものよくよく習へ」とてつかはして、久しく唐土にありて、さまざまのことども習ひ伝へて帰りたりければ、御門、かしこき者に思し召して、次第になし上げ給ひて、大臣までになされにけり。 |
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+ | されば、夢取ることは、まことにかしこきことなり。かの夢取られたりし備中守の子は、司(つかさ)もなき者にてやみにけり。夢を取られざらましかば、大臣までもなりなまし。されば、「夢を人に聞かすまじきなり」と言ひ伝へたり。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | むかし備中国に郡司ありけりそれか子にひきのまき人 | ||
+ | といふありけりわかき男にてありける時夢をみたりけれはあはせ | ||
+ | させんとて夢ときの女のもとに行て夢合てのち物語して | ||
+ | ゐたる程に人々あまたこゑしてくなり国守の御子の太郎君 | ||
+ | のおはすなりけり年は十七八斗の男にておはしけり心はへはし | ||
+ | らすかたちはきよけなり人四五人はかりくしたりこれや夢と | ||
+ | きの女のもとととへは御共の侍これにて候といひてくれはまき人は | ||
+ | 上の方の内に入て部屋のあるに入て穴よりのそきてみれはこの | ||
+ | 君入給て夢をしかしかみつるいかなるそとてかたりきかす女聞て | ||
+ | よにいみしき御夢なりかならす大臣まてなりあかり給へき也返々 | ||
+ | 目出く御覧して候あなかしこあなかしこ人にかたり給なと申けれは此 | ||
+ | 君うれしけにて衣をぬきて女にとらせて帰ぬそのおりまき人 | ||
+ | 部屋より出て女にいふやう夢はとるといふ事のあるなり此君の/下70ウ394 | ||
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+ | 御夢我にとらせ給へ国守は四年過ぬれは帰のほりぬ我は国人 | ||
+ | なれはいつもなからへてあらんするうへに郡司の子にてあれは我を | ||
+ | こそ大事に思はめといへは女のたまはんままに侍へしさらはおはし | ||
+ | つる君のことくにして入給てそのかたられつる夢をつゆもたか | ||
+ | はすかたり給へといへはまき人悦てかの君のありつるやうに入きて | ||
+ | 夢かたりをしけれは女おなしやうにいふまき人いとうれしく思て | ||
+ | 衣をぬきてとらせてさりぬそののち文をならひよみけれはたた | ||
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+ | かしこき事也かの夢とられたりし備中守の子は司もなき物/下71オy395 | ||
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+ | にてやみにけり夢をとられさらましかは大臣まても成なまし | ||
+ | されは夢を人にきかすましき也といひつたへたり/下71ウy396 | ||
- | されば、夢とる事は実にかしこき事也。かの夢とられたりし備中守の子は、司もなき物にて、やみにけり。夢をとられざらましかば、大臣までも成なまし。されば、「夢を人にきかすまじき也」といひつたへたり。 |
text/yomeiuji/uji165.1413048010.txt.gz · 最終更新: 2014/10/12 02:20 by Satoshi Nakagawa