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第165話(巻13・第5話)夢買人の事
夢買人事
夢買人の事
むかし備中国に、郡司ありけり。それが子に、ひきのまき人といふありけり。
わかき男にてありける時、夢をみたりければ、「あはせさせん」とて、夢ときの女のもとに行て、夢合てのち、物語してゐたる程に、人々あまたこゑしてくなり。国守の御子の太郎君のおはすなりけり。年は十七八斗の男にておはしけり。心ばへはしらず、かたちはきよげなり。人、四五人ばかりぐしたり。「これや夢ときの女のもと」ととへば、御共の侍、「これにて候」といひてくれば、まき人は上の方の内に入て、部屋のあるに入て、穴よりのぞきてみれば、この君入給て、「夢をしかじかみつる。いかなるぞ」とて、かたりきかす。女聞て、「よにいみじき御夢なり。かならず大臣までなりあがり給べき也。返々目出く御覧じて候。あなかしこ、あなかしこ、人にかたり給な」と申ければ、此君、うれしげにて、衣をぬぎて、女にとらせて帰ぬ。
そのおり、まき人、部屋より出て、女にいふやう、「夢はとるといふ事のあるなり。此君の御夢、我にとらせ給へ。国守は四年過ぬれば、帰のぼりぬ。我は国人なれば、いつもながらへてあらんずるうへに、郡司の子にてあれば、我をこそ大事に思はめ」といへば、女、「のたまはんままに侍べし。さらば、おはしつる君のごとくにして、入給て、そのかたられつる夢を、つゆもたがはず、かたり給へ」といへば、まき人悦て、かの君のありつるやうに入きて、夢がたりをしければ、女おなじやうにいふ。まき人、いとうれしく思て衣をぬぎてとらせてさりぬ。
そののち、文をならひ、よみければ、ただとほりにとほりて、才ある人になりぬ。大やけきこしめして、心みらるるにまことに才ふかくありければ、もろこしへ物よくよくならへとて、つかはして、久しくもろこしにありて、さまざまの事どもならひつたへて帰たりければ、御門、かしこき物におぼしめして、次第になしあげ給て、大臣までになされにけり。
されば、夢とる事は実にかしこき事也。かの夢とられたりし備中守の子は、司もなき物にて、やみにけり。夢をとられざらましかば、大臣までも成なまし。されば、「夢を人にきかすまじき也」といひつたへたり。