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text:yomeiuji:uji156

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宇治拾遺物語

第156話(巻12・第20話)遣唐使の子、虎に食はるる事

遣唐使子被食虎事

遣唐使の子、虎に食はるる事

校訂本文

今は昔、遣唐使にて唐土(もろこし)に渡りける人の、十ばかりなる子を、え見であるまじかりければ、具して渡りぬ。さて、過ぐしけるほどに、雪の高く降りたりける日、歩(あり)きもせでゐたりけるに、この児の遊びに出でていぬるが、遅く帰りければ、「あやし」と思ひて、出でて見れば、足形(あしがた)後ろの方から踏みて行きたるに沿ひて、大きなる犬の足形ありて、それよりこの児の足形見えず。

山ざまに行きたるを見れば、「これは虎の食ひて行きけるなめり」と思ふに、せんかたなく悲しくて、太刀を抜きて、足形を尋ねて山の方に行きて見れば、岩屋の口に、この児を食ひ殺して、腹をねぶりて臥せり。

太刀を持ちて走り寄れば、え逃げても行かで、かひかがまりてゐたるを、太刀にて頭(かしら)を打てば、鯉の頭割るやうに割れぬ。次に、またそばざまに食はんとて、走り寄る背中を打てば、背骨をうち切りて、くたくたとなしつ。

さて、子をば、死にたれども、脇にかひはさみて、家に帰りたれば、その国の人々見て、怖ぢあさむことかぎりなし。唐土の人は虎に会ひては、逃ぐることだにかたきに、かく虎をばうち殺して、子を取り返して来たれば、唐土の人はいみじきことに言ひて、「なほ日本の国には、兵(つはもの)の方たは並びなき国なり」と、めでけれども、子死にければ、何にかはせむ。

翻刻

今はむかし遣唐使にてもろこしにわたりける人の十はかりなる
子をえみてあるましかりけれはくしてわたりぬさてすくし
ける程に雪のたかくふりたりける日ありきもせてゐたりけるに/下62ウy378
この児のあそひにいてていぬるかをそく帰けれはあやしと思て
いててみれはあしかたうしろのかたからふみて行たるにそひて大成
犬の足かたありてそれより此児の足かたみえす山さまに行
たるをみれはこれは虎のくひていきけるなめりと思にせんかたなく
かなしくて太刀をぬきて足かたを尋て山のかたに行てみれは岩屋
のくちに此児を食殺して腹をねふりてふせり太刀を持て
走よれはえにけてもいかてかひかかまりてゐたるを太刀にて頭を
うては鯉のかしらわるやうにわれぬつきに又そはさまにくはんとて
走よるせなかをうてはせほねをうちきりてくたくたとなしつさて
子をは死たれとも脇にかひはさみて家に帰たれはその国の人々
みてをちあさむ事かきりなしもろこしの人は虎にあひては逃
る事たにかたきにかく虎をはうちころして子をとり返し
てきたれはもろこしの人はいみしき事にいひて猶日本の国/下63オy379
には兵のかたはならひなき国なりとめてけれとも子死けれは
なににかはせむ/下63ウy380
text/yomeiuji/uji156.1571924105.txt.gz · 最終更新: 2019/10/24 22:35 by Satoshi Nakagawa