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text:yomeiuji:uji151

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text:yomeiuji:uji151 [2014/10/12 02:15]
Satoshi Nakagawa
text:yomeiuji:uji151 [2019/10/08 22:19] (現在)
Satoshi Nakagawa
ライン 6: ライン 6:
 **河原院に、融公の霊住む事** **河原院に、融公の霊住む事**
  
-今はむかし、河原の院は融の左大臣の家也。みちのくのしほがまのかたをつくりて、うしほをくみよせて、しほをやかせなど様々のおかしき事をつくして住給ける。おとどうせてのち、宇多院にはたてまつりたる也。延喜の御門、たびたび行幸ありけり。+===== 校訂本文 =====
  
-まだ院のすませ給けるおに、夜中斗に、西対塗籠あけて、そよめきて、人のまいるやにおぼされければ、給へば装束うるは人の、太刀はき、笏て、二間斗きてかしこまて居たり。+今は昔、河原のは融左大臣((源融))の家な。陸奥(みちく)の塩釜(しほがま)の形(かた)作りて、潮(しほ)を汲塩を焼かせなど、さまざまをかきことを尽て住み給ひけ。大臣(おど)失せ宇多院((宇多天皇))には奉りたるなり。延喜御門((醍醐天皇))たびたび行幸あり。
  
-「あれはたそ」とはせ給へば、「ここのぬしに候翁」と申。「融のおとどか」とはせ給へば、「しかに候」と申す。「さは、なんぞ」と仰らければ、「家なれば、すみ候に、おはしますがかたじけなく、所せく候なり。いかがべからん」と申せば、「それは、いといとことやうの事也。故おとどの子孫の、らせたれば住にこそあれ。わがりてゐたらばこそあらめ、礼もらず、いかにかくはうらむるぞ」とたかやかに仰られければ、かいつやうに失ぬ。+まだ院の住ませ給ひける折に、夜中ばかりに、西対(にしのたい)の塗籠(ぬりごめ)を開けて、そよめきて、人の参るやうに思されければ、見させ給へば、日の装束うるはしくしたる人の、太刀はき、笏とりて、二間ばかりのきて、かしこまりて居たり。 
 + 
 +「あれは誰()そ」とはせ給へば、「ここの主(ぬし)に候なり」と申。「融の大臣か」とはせ給へば、「しかに候」と申す。「さは、ぞ」と仰らければ、「家なればみ候に、おはしますがかたじけなく、所狭()く候なり。いかがつかまつるべからん」と申せば、「それは、いといと異様(ことやう)ことなり。故大臣の子孫の、われらせたればにこそあれ。わがりてゐたらばこそあらめ、礼もらず、いかにかくはむるぞ」とやかに仰られければ、かいつやうに失ぬ。 
 + 
 +その折の人々、「なほ、御門はかたことにおはしますものなり。ただの人は、その大臣に逢ひて、さやうにすくよかには言ひてんや」とぞ言ひける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今はむかし河原の院は融の左大臣の家也みちのくのしほかまの 
 +  かたをつくりてうしほをくみよせてしほをやかせなと様々のおかし 
 +  き事をつくして住給けるおととうせてのち宇多院にはたて 
 +  まつりたる也延喜の御門たひたひ行幸ありけりまた院のすませ給 
 +  けるおりに夜中斗に西対の塗籠をあけてそよめきて人の 
 +  まいるやうにおほされけれはみさせ給へはひの装束うるはしくし 
 +  たる人の太刀はき笏とりて二間斗のきてかしこまりて居たり 
 +  あれはたそととはせ給へはここのぬしに候翁也と申融のおとと 
 +  かととはせ給へはしかに候と申すさはなんそと仰らけれは家なれは 
 +  すみ候におはしますかかたしけなく所せく候なりいかか仕へからんと/下59オy371 
 + 
 +  申せはそれはいといとことやうの事也故おととの子孫の我にとらせ 
 +  たれは住にこそあれわかをしとりてゐたらはこそあらめ礼も 
 +  しらすいかにかくはうらむるそとたかやかに仰られけれはかいけつ 
 +  やうに失ぬそのおりの人々なを御かとはかたことにおはします物 
 +  なりたたの人はそのおととに逢て左様にすくよかにはいひてんやとそいひける/下59ウy372
  
-そのおりの人々、「なを御かどはかたことにおはします物なり。ただの人は、そのおとどに逢て、左様にすくよかにはいひてんや」とぞ、いひける。 


text/yomeiuji/uji151.txt · 最終更新: 2019/10/08 22:19 by Satoshi Nakagawa