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text:yomeiuji:uji143 [2017/09/13 03:04] – [第143話(巻12・第7話)増賀上人、三条宮に参り振舞の事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji143 [2019/09/29 19:23] Satoshi Nakagawa
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 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第143話(巻12・第7話)増賀上人、三条宮に参り振舞の事 ======+====== 第143話(巻12・第7話)増賀上人、三条宮に参り振舞の事 ======
  
 **増賀上人参三条宮振舞事** **増賀上人参三条宮振舞事**
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 **増賀上人、三条宮に参り振舞の事** **増賀上人、三条宮に参り振舞の事**
  
-むかし多武峯に増賀上人とて、貴き聖おはしけり。きはめて心武うきびしくおはしけり。ひとへに名利をいとひて、頗物くるはしくなん、わざと振舞給けり。+===== 校訂本文 =====
  
-三条大きさいの宮ならせ給はんとて、戒師のためににつかされければ、「尤たう事也。増賀こそ、誠になたてまるらめ」とて参けり。弟子共、「此御使打たまひなんどやせんずらん」おもふに、思の外に心安く参へば、ありがたき事に思あへり。+多武峯増賀上人((底本「僧賀上人」。以下全て同じ。))とて、貴き聖おはけり。きめて心武(け)びしくおはしけり。ひとへに名利厭(いと)ひ、すこぶる物狂はしくなん、わざ振舞ひひけり。
  
-かくて宮にるよければ、悦てめし入て、尼になり給に上達部、僧共、おほくり、内裏より御使などまいりたるに、此上人は目はおそろしげなる、体も貴げながら、わづらはしげなんおはしける+三条大后(おほきさい)の((円融天皇中宮藤原詮子。[[:text:k_konjaku:k_konjaku19-18|『今昔物語集』19-18]]では藤原遵子。))、尼ならせ給はんとて、戒師のめに召につかはされければ、「もつとも貴きことなり。増賀こそは、まことになし奉らめ」とて参。弟子ども「この御使を嗔(か)て打ち給ひなんどやせんずらん」と思ふに、思ひのほかに心安く参り給へばありたきこと思ひあへり
  
-て、御前に召れて、御几帳のもと参て出家の作法してめでた長き髪をかき出して上人さませら。御簾中に女房達見て泣事限なし。+かくて、参りたるよし申しければ、悦びてし入れて、尼になり給ふに、上達部・僧ども参り集まり、内裏より使など参りたるにこの上人は、目は恐しげな体も貴げがら、わづらはげになんおはしける
  
-みはて出なんとする時上人高声いふやう「僧賀をしあながちめすは何事ぞ。心えられ候はず。もし、大なりときこしめしたるか。のよりは大候へども、今練きぬにくたくたと成たる物を」と云に、簾の内近く候女房たち、外には公卿、殿上人、僧たち、れを聞に、あさましく、目口はだかりておぼゆ。宮の御心ちもさらり。貴さもみなうせて、をのをの身より汗あへて、我にもあらぬ心ちす+さて、御前召し入れて御几帳の参りて、出家の作法めでく長御髪出だして、の上人にはさませらる。御簾中(ち)に、女房たち見て泣くりな
  
-さて、上人、「まかり出なんきあはせて「年罷よりてをもく成てただ痢病のみ仕ば、まいるまじくつるをわざ候つれば、相構て候つる。堪がたくな候へいそぎまかいで候なり」とて、出ざまに、西台簀子ついゐて尻をかかげて楾の口より水いだすやうに、ちらす音高く臭事限御前まできこゆ。わかき殿上人のしる事びただし。僧たちは「かかる物狂をめしたる事」と謗申けり+み果てて、出なんとする時上人、高声(うしやう)に言ふやう「増賀も、あながちに召す何事ぞ。心得られ候はず。もし汚なき物を大なり聞こ召した人のよは大きに候へども今は練絹(ねぎぬ)のやうにくたくたとなりたるものを」と言ふに、御簾内近く候ふ女房たち、外は公卿・殿上人・僧たちこれ聞くに、あさましく、目口はだかて思ゆ宮の御心地もさら貴さもみな失せてのおの身より汗あへてわれにもあらぬ心地す
  
-か様に事にふれて物狂に態とふるまひけれそれにつけても貴き覚は弥まさりけり+さて、上人、「まかり出でなん」とて、袖かき合はせて「年まかり寄りて、風重くなりて、今はただ痢病(りびやう)のみつかまつれば、参るまじく候ひつるを、わざと召し候ひつれば、あひかまへて候ひつる。耐へがたくなりて候へば、急ぎまかり出で候ふなり」とて、出でざまに、西台の簀子(すのこ)についゐて、尻をかかげて、楾(はんざふ)の口より水を出だすやうに、ひり散らす。音高く、臭きことかぎりなし。御前まで聞こゆ。若き殿上人、笑ひののしることおびたたし。僧たちは、「かかる物狂ひを召したること」と、謗(そし)り申しけり。 
 + 
 +かやうにことにふれて、物狂ひにわざと振舞ひけれども、それにつけても、貴き覚えは、いよいよまさりけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし多武峯に僧賀上人とて貴き聖おはしけりきはめて心 
 +  武うきひしくおはしけりひとへに名利をいとひて頗物くるはしく 
 +  なんわさと振舞給けり三条大きさいの宮尼にならせ給はんとて戒 
 +  師のためにめしにつかはされけれは尤たうとき事也僧賀こそは誠 
 +  になしたてまつらめとて参けり弟子共此御使を嗔て打たまひ 
 +  なんとやせんすらんとおもふに思の外に心安く参給へはありかたき事 
 +  に思あへりかくて宮に参たるよし申けれは悦てめし入て尼に 
 +  なり給に上達部僧共おほくまいり集り内裏より御使なとまいり 
 +  たるに此上人は目はおそろしけなるか体も貴けなからわつらはしけに 
 +  なんおはしけるさて御前に召いれて御几帳のもとに参て出家の作法/下55オy363 
 + 
 +  してめてたく長き御髪をかき出して此上人にはさませらる御簾中 
 +  に女房達見て泣事限なしはさみはてて出なんとする時上人 
 +  高声にいふやう僧賀をしもあなかちにめすは何事そ心えられ候 
 +  はすもしきたなき物を大なりときこしめしたるか人のよりは大に 
 +  候へとも今は練きぬのやうにくたくたと成たる物をと云に御簾の内近く 
 +  候女房たち外には公卿殿上人僧たちこれを聞にあさましく目口 
 +  はたかりておほゆ宮の御心ちもさらなり貴さもみなうせてをのをの身 
 +  より汗あへて我にもあらぬ心ちすさて上人まかり出なんとて袖かき 
 +  あはせて年罷よりて風をもく成て今はたた痢病のみ仕れはま 
 +  いるましく候つるをわさとめし候つれは相構て候つる堪かたくなりて 
 +  候へはいそきまかりいて候なりとて出さまに西台の簀子についゐて 
 +  尻をかかけて楾の口より水をいたすやうにひりちらす音高く臰 
 +  事限なし御前まてきこゆわかき殿上人笑ののしる事おひたたし/下55ウy364 
 + 
 +  僧たちはかかる物狂をめしたる事と謗申けりか様に事にふれて 
 +  物狂に態とふるまひけれもそれにつけても貴き覚は弥まさりけり/下56オy365
  
text/yomeiuji/uji143.txt · 最終更新: 2021/02/16 22:58 by Satoshi Nakagawa