text:yomeiuji:uji138
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
両方とも前のリビジョン前のリビジョン | |||
text:yomeiuji:uji138 [2014/10/11 01:46] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji138 [2019/08/12 13:25] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 1: | 行 1: | ||
宇治拾遺物語 | 宇治拾遺物語 | ||
- | ====== 第138話(巻12・第2話)提婆菩薩、竜樹菩薩の許へ参る事 ====== | + | ====== 第138話(巻12・第2話)提婆菩薩、龍樹菩薩のもとへ参る事 ====== |
**提婆菩薩参竜樹菩薩許事** | **提婆菩薩参竜樹菩薩許事** | ||
- | **提婆菩薩、竜樹菩薩の許へ参る事** | + | **提婆菩薩、龍樹菩薩のもとへ参る事** |
- | 昔、西天竺に龍樹菩薩と申上人まします。智恵甚深也。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 又天竺に提婆菩薩と申上人、龍樹の智恵深きよしを聞給て、西天竺に行向て、門外に立て、案内を申さんとし給処に、御弟子、外より来給て、「いかなる人にてましますぞ」ととふ。提婆菩薩答給やう、「大師の智恵ふかくましますよし、うけ給て冷難をしのぎて、中天竺よりはるばるまいりたり。このよし申べきよし」の給。 | + | 昔、西天竺に龍樹菩薩と申す上人まします。智恵甚深なり。また中天竺に提婆菩薩と申す上人、龍樹の智恵深きよしを聞き給ひて、西天竺に行き向ひて、門外に立ちて、案内を申さんとし給ふところに、御弟子、外より来給ひて、「いかなる人にてましますぞ」と問ふ。提婆菩薩、答へ給ふやう、「大師の智恵、深くましますよし承りて、冷難をしのぎて、中天竺よりはるばる参りたり。このよし申すべき」よしのたまふ。 |
- | 御弟子、龍樹に申ければ、小箱に水を入て出さる。提婆、心え給て、衣の襟より針を一取いだして、此水に入て返し奉る。これをみて、竜樹、大に驚て、「はやくいれ奉れ」とて、房中を掃清めて入奉給。御弟子、「あやし」と思やう、「水をあたへ給事は、遠国よりはるばると来給へば、疲給らん、喉潤さんためと心えたれば、此人、針を入て返し給ふに、大師、驚給てうやまひ給事、心えざる事かな」と思て、後に大師に問申ければ、答給やう、「水をあたへつるは、『我智恵は、小箱の内の水のごとし。しかるに汝、万里をしのぎて来る。智恵をうかべよ』とて水をあたへつる也。上人、空に御心を智て、針を水に入て返す事は、『我、針斗の智恵を以て、汝が大海の底を極ん』と也。汝等、年来随逐すれども、此心をしらずして、これをとふ。上人は始て来れども、我心をしる。これ智恵のあると無と也」と云々。 | + | 御弟子、龍樹に申しければ、小箱に水を入れて出ださる。提婆、心得給ひて、衣の襟より針を一つ取り出だして、この水に入れて返し奉る。これを見て、龍樹、おほきに驚きて、「早く入れ奉れ」とて、房中を掃き清めて入れ奉り給ふ。 |
+ | |||
+ | 御弟子、「あやし」と思ふやう、「水を与へ給ふことは、遠国よりはるばると来給へば、疲れ給ふらん、喉潤さんためと心得たれば、この人、針を入れて返し給ふに、大師、驚き給ひて敬ひ給ふこと、心得ざることかな」と思ひて、後に大師に問ひ申しければ、答へ給ふやう、「水を与へつるは、『わが智恵は、小箱の内の水のごとし。しかるに、なんぢ、万里をしのぎて来たる。智恵を浮かべよ』とて、水を与へつるなり。上人、空に御心を智りて、針を水に入れて返すことは、『われ、針ばかりの智恵をもつて、なんぢが大海の底を極めん』となり。なんぢら、年ごろ随逐(ずいちく)すれども、この心を知らずしてこれを問ふ。上人は始めて来たれども、わが心を知る。これ、智恵の有ると無きとなり」と云々。 | ||
+ | |||
+ | すなはち、瓶水(びやうすい)を移すごとく、法文を習ひ伝へ給ひて、中天竺に帰り給ひけりとなん。 | ||
+ | |||
+ | ===== 翻刻 ===== | ||
+ | |||
+ | 昔西天竺に龍樹菩薩と申上人まします智恵甚深也又中天竺 | ||
+ | に提婆菩薩と申上人龍樹の智恵深きよしを聞給て西天竺 | ||
+ | に行向て門外に立て案内を申さんとし給処に御弟子外より | ||
+ | 来給ていかなる人にてましますそととふ提婆菩薩答給やう大師の | ||
+ | 智恵ふかくましますよしうけ給て冷難をしのきて中天竺より | ||
+ | はるはるまいりたりこのよし申へきよしの給御弟子龍樹に申けれは | ||
+ | 小箱に水を入て出さる提婆心え給て衣の襟より針を一取 | ||
+ | いたして此水に入て返し奉るこれをみて竜樹大に驚てはやく | ||
+ | いれ奉れとて房中を掃清めて入奉給御弟子あやしと思やう/下51ウy356 | ||
+ | |||
+ | 水をあたへ給事は遠国よりはるはると来給へは疲給らん喉潤 | ||
+ | さんためと心えたれは此人針を入て返し給ふに大師驚給てうや | ||
+ | まひ給事心えさる事かなと思て後に大師に問申けれは答給 | ||
+ | やう水をあたへつるは我智恵は小箱の内の水のことししかるに | ||
+ | 汝万里をしのきて来る智恵をうかへよとて水をあたへつる也上 | ||
+ | 人空に御心を智て針を水に入て返す事は我針斗の智恵を | ||
+ | 以て汝か大海の底を極んと也汝等年来随逐すれとも此心を | ||
+ | しらすしてこれをとふ上人は始て来れとも我心をしるこれ智恵 | ||
+ | | ||
+ | 天竺に帰給けりとなん/下52オy357 | ||
- | 則、瓶水を写ごとく、法文をならひ伝給て、中天竺に帰給けりとなん。 |
text/yomeiuji/uji138.1412959618.txt.gz · 最終更新: 2014/10/11 01:46 by Satoshi Nakagawa