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text:yomeiuji:uji132 [2017/09/08 00:27] – [第132話(巻11・第8話)則光、盗人を切る事] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji132 [2019/06/24 19:09] Satoshi Nakagawa
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 **則光、盗人を切る事** **則光、盗人を切る事**
  
-今は昔、駿河前司橘季通が父に、陸奥前司のりみつと云人ありけり。兵の家にはあらねども、人に所をかれ、力などぞいみじうつよかりける。世におぼえなどありけり。+===== 校訂本文 =====
  
-わかくて衛府の蔵人にぞありける時、殿居所より、「女のもとへ行く」とて太刀ばかりをきて小舎人童をただ一人ぐして、大宮をくだりいきければ大垣の内に人のたてるけしきのしければ、「おそろし」思て過けるほどに、八九日の夜ふけて、月西山にちかくなりたれば、西大垣影にて、人のたてみえぬに大垣の方よりこゑ斗して、「あのすぐる、まりとま。公達のおはします。えすぎじ」とひければ、「さればこそ」と思て、すすどくあゆて過るを、「おれは、さてはまかりなんや」とて、走かかりて、物のきければ、つぶきてみるに、弓のげはみえず、太刀のきらきらとしてみえければ、「木にはあらざりけり」とおもひて、かいふして逃を、追付てくれば、「頭うちわられぬ」とおぼゆれば、俄かたはらざまに、ふとよりたれば、をふ物の走はやまりて、まりへず。さきに出たれば、すごしたてて、太刀をぬきて打ければ、頭を中よりうち破たりければ、うつぶしにはしまろびぬ+駿河前司橘季通が父に、陸奥前司則光((橘則光))人ありり。兵(つ)家にねども、人に所置かれ、力などぞいみかりける。世どありけり。
  
-うしん」とおもふ程に「あれはい」とひて、又、物走かかりてくれば、太刀をもえしあへず脇にはさみてぐるを、「けやけきやつかな」といひて、走かかりてくるもの、はじめよりのとくにおぼえければ、「これよもありつるやうにはかかられ」と思たりれば、走はやまりたるものにて、我にけつづきて、うつぶしにたたりけるをちがひてちかかりて、おこした、頭を打破けり。+若くて衛府の蔵人にぞありける時、殿居所(とのゐどころ)り、「女のもとへ行く」と太刀ばりをはきて、小舎人童をただ一人具て、大宮を下りに行きければ、大垣の内に人の立て気色のしければ、「恐し」とひて過ぎけるほどに八九日夜更け、月は西山に近なりたれば、西の大垣の内は影にて、人の立てらんぬに、大垣の方より声ばかりて、「の過ぐる人まかり止まれ。公達のおしますぞ。え過ぎじ」と言ひければ、「ればこそ」と思ひて、すすどく歩みてぐるを、「おれは、さてはまんや」とて、走かかりて、物来ければうつぶきて見るに、弓見えず、太刀きらきらして見えければ、「木にはあらざけり」と思ひて、い伏して逃ぐるを、追ひ付きて来れば、「頭打ち割られ」と思ゆれば、にはかにかはらざまに、ふと寄れば、追ふ者のり早まりて、えとどりあへず。先出でたれ過ごして、太刀を抜き打ちければ、頭を中より(わ)りたりれば、うつぶしに走まろびぬ
  
-いまはかく」とおもに、三人りけば、いま独が「さては、えやらじ。けやけくしてく奴」とて、しうねく走かかりてきければ、「このたびは我はやまたれなん。神仏たす給へ」とて、太刀を桙のやうにとなして、走はやまたるものに、俄にふと立むかひければ、はるはるとあはせてにけり。つも切けれども、あまりく走あたりければきぬだきれざりけり。桙のやうりける太刀なりければ、うけられて中よとほりたりけ太刀の束を返しけば、のまにたうれたりけるを切てければ太刀もたるいなを肩よ打おとしてけり。+ようしん」とほどに、あれは、いかにしつるぞ」と言ひて、また、者のかかりてれば、太刀をもえさし、脇に挟みて逃ぐるを、「やけき奴かな」と言ひて、走りかかりて来る者始めのよりは走りのとく覚えければ、「これは、よもありつるははられじ」と思ひて、にはかたりければ、早まりたる者にてづきて、うつぶし倒(たう)れたりけるを、違ひて立ちかて、起こ立てず、頭をまた打ち破りてけり。
  
-さて、走のきて又、人やある」とききけれ、人のをともせざりければ、ひて中御門の門より入て、柱にかひそひたちて、「小舎人童はいかにしつらん」とければ、童は大宮ぼりに、なくなくいきを、よびければて走にけり。殿居所にやきがへとよせて、きがへて、もときたりけるうへきぬ、指貫は、血の付たりければ、童してふかくかくさせて、童の口くかめて、太刀に血のつたる、あらひなどしたためて殿ゐ所にさげなくて入ふけり。+いまはかく」と思ふほりければ、一人が「さえやらじ。けやけくしていく奴」とて、しうねく走りかかりて来ければ、「こたびはわれはあやまたれんず。神仏、助給へ」と念じて、太刀桙(ほこ)のやうに取りなして走り早まりたる者に、にはかにふと立ち向ひければ、はるばると合はせり当りにけり。奴も切けれどもあまりに近く走り当りてければ衣(ぬ)だに切れざりけり。桙やう持ちりける太刀なりければ、受けられて、り通りりけるを、太刀の束(か)を返しければ、のけざまに倒(う)れたりけ切りてければ、太刀持ちたる腕(かひな)を肩よ打ち落とけり。
  
-夜もすがら「我しるなどきこえやあらんずらん」とむねうちさはぎておふ程に夜明てち、物どさはぐ。「大宮大炊御門に、大なる男三人、いく程もへだてず切ふせたる。あさまかひたる太刀かな。かたみに切合て死たるかれば、おなじ太刀つかひざま也。敵のしりたりけるにされど盗人おぼしきさまぞしたる」などいひののしるを殿上人ども「いざ行こん」とて、さそひてゆけば「ゆかじはや」と思へども、いかざらんも又、心えられぬれば、しぶいぬ+さて走りのきて、また、「人やあ」と聞きけれども、せざりければ、走りまて、中御門の門より入りて、柱かいそひて立ちて「小舎童は、いかがしつらん」待ちければ、童は大宮を上(ぼ)に、泣く泣く行きけるを、呼びければ、悦びて走り来けり殿居所にやりて着替へ取り寄せて、着替へて、もりけ衣(きぬ)・指貫には、血付きたりければ童し深く隠させ、童の口よくかためて、太刀に血の付きたる、洗などしたためて、殿居所にりげくて入り臥しにけり
  
-車にのりこぼれてやりよせてみれば、いまだともかくもしなさでをきりけに、年四十余斗る男のかづひげなるが無文の袴に、紺のあらさしの青き山吹のぬの衫くさらされたるたるさやつかのしりやしたる太刀はきて皮たびに沓きりはきなわきをかき、およびをさして、とむきうむき物いふ男てり+すがら、「わがしたるな聞こえやあんずらん」と胸うち騒ぎて思ふほどに、夜明けて後、者ども言騒ぐ。「大宮大炊御門辺になる男三人ほどもへだてず切り伏せたる。あましく使ひたる太刀かな。『かたみに切り合ひて死にたるか』と見れば同じ太刀使ひざまなり。敵のしけるに。されど、盗人と思しきさまぞしたる」など言ひののしるを殿上人ども、「いざ、行て見て来ん」とて誘ひ行けば「行かじはや」思へども、行ざらんも、ま心得られぬさまなれば、しぶしぶに往ぬ
  
-「な男にか」とみるほどに、雑色の走よて、「あの男の盗人、かたきにあひつかうまつりたると申」といひければ、「うれしくもいふなる男かな」とおふ程に、前に乗たる殿上人かの男めしよせよ。子細とといへば雑色走りて、めしもてきたり。みば、かづらひげにて、をとひそりりたり。赤ひげな、血目なして、片膝つきて、太刀の束に手をゐたり。+こぼれて、遣り寄せれば、いまだともかくもしなさで置きたりけるに、年四十余ばかりなる男の、づら髭るが、無文(むん)の袴に、洗ひさし襖(あを)((襖」底本「青))着(き)、山吹の衣の衫(かざみ)、よくさらされたる着たるが、猪のやつかの尻鞘(しさや)したる太刀はきて、牛皮たび、沓きり履きなして、脇をか、指(および)をさして、と向きう向き、もの言ふ男立てり。
  
-なりつる事ぞ」ととへば、「此夜中ばに、物へまかるとここをまかり過つに、人、『おれまさにまかり過なや』申て走つづきてまうできつるを『盗人なめ』と思給へて、あへくらべふせ候也今朝みれば、なにがしを見なしと思まふべきやつ原にてさぶらければ敵にて仕りたりるなめりと思給れば、や頭どもをまつて、かくさぶらふな」と、たちゐぬ+何男にか」と見るほどに、雑色の走り寄り来て、「あの男の、盗人敵(たき)会ひてうまつりたると申す」と言ひければ「嬉しくも言ふな男かな」と思ふほどに、前に乗りたる殿上「かの男、召し寄せよ。子細問はん言へば雑色走り寄りて、召し持きたりれば、たかづら髭にて、おとがそり鼻下がりたり。赤髭な男の、血目に見なして、片膝突きて、太刀の束に手をけてゐたり。
  
-をよびをさしなどかたりたれば、人々「さてさて」とひてけば、いとどくるふやうにしてかたる。そのにぞ、人にゆづりて、面もたげられてみける。+「いかなりつることぞ」と問へば、「この夜中ばかりに、ものへまかるとて、ここをまかり過ぎつるほどに、物の三人、『おれは、まさにまかり過ぎなんや』と申して、走り続きて詣で来つるを、『盗人なめり』と思ひ給へて、あへくらべ伏せて候ふなり。今朝見れば、なにがしを、見なしと思ひ給ふべき奴ばらにて候ひければ、『敵にてつかまつりたりけるなめり』と思ひ給ふれば、しや頭どもをまつて、かく候ふなり」と立ち居ぬ。指(をよび)をさしなどりたれば、人々「さてさて」とひてけば、いとどふやうにしてる。そのときにぞ、人にゆづりて、面(おもて)もたげられて見ける。 
 + 
 +「『気色やしるからん』と、人知れず思ひたりけれど、われと名乗る者の出で来たりければ、それに譲りて止し』と、老いて後に子どもにぞ語りける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今は昔駿河前司橘季通か父に陸奥前司のりみつと云人 
 +  ありけり兵の家にはあらねとも人に所をかれ力なとそいみしう 
 +  つよかりける世におほえなとありけりわかくて衛府の蔵人にそ 
 +  ありける時殿居所より女のもとへ行くとて太刀はかりをはきて/下44オy341 
 + 
 +  小舎人童をたた一人くして大宮をくたりにいきけれは大垣の 
 +  内に人のたてるけしきのしけれはおそろしと思て過けるほとに 
 +  八九日の夜ふけて月は西山にちかくなりたれは西の大垣の内は 
 +  影にて人のたてらんもみえぬに大垣の方よりこゑ斗してあの 
 +  すくる人まかりとまれ公達のおはしますそえすきしといひけれは 
 +  されはこそと思てすすとくあゆみて過るをおれはさてはまかり 
 +  なんやとて走かかりて物のきけれはうつふきてみるに弓のかけは 
 +  みえす太刀のきらきらとしてみえけれは木にはあらさりけりと 
 +  おもひてかいふして逃るを追付てくれは頭うちわられぬとおほゆ 
 +  れは俄にかたはらさまにふとよりたれはをふ物の走はやまりて 
 +  えととまりあへすさきに出たれはすこしたてて太刀をぬきて 
 +  打けれは頭を中よりうち破たりけれはうつふしにはしりまろひぬ 
 +  ようしんとおもふ程にあれはいかにしつるそといひて又物の走/下44ウy342 
 + 
 +  かかりてくれは太刀をもえさしあへす脇にはさみてにくるを 
 +  けやけきやつかなといひて走かかりてくるものはしめのよりは 
 +  走のとくにおほえけれはこれはよもありつるやうにははかられしと 
 +  思て俄にゐたりけれは走はやまりたるものにて我にけつまつ 
 +  きてうつふしにたうれたりけるをちかひてたちかかりておこしたてす 
 +  頭を又打破てけりいまはかくとおもふ程に三人ありけれはいま独 
 +  かさてはえやらしけやけくしていく奴かなとてしうねく 
 +  走かかりてきけれはこのたひは我はあやまたれなんす神仏 
 +  たすけ給へと念て太刀を桙のやうにとりなして走はやまり 
 +  たるものに俄にふと立むかひけれははるはるとあはせて走あたりに 
 +  けりやつも切けれともあまりにちかく走あたりてけれはきぬたに 
 +  きれさりけり桙のやうに持たりける太刀なりけれはうけられて 
 +  中よりとほりたりけるを太刀の束を返しけれはのけさまに/下45オy343 
 + 
 +  たうれたりけるを切てけれは太刀もちたるかいなを肩より打 
 +  おとしてけりさて走のきて又人やあるとききけれとも人のを 
 +  ともせさりけれは走まひて中御門の門より入て柱にかひそひ 
 +  てたちて小舎人童はいかかしつらんと待けれは童は大宮をのほり 
 +  になくなくいきけるをよひけれは悦て走きにけり殿居所に 
 +  やりてきかへとりよせてきかへてもときたりけるうへのきぬ指貫 
 +  には血の付たりけれは童してふかくかくさせて童の口よく 
 +  かためて太刀に血のつきたるあらひなとしたためて殿ゐ所に 
 +  さりけなくて入ふしにけり夜もすから我したるなときこえや 
 +  あらんすらんとむねうちさはきておもふ程に夜明てのち物とも 
 +  いひさはく大宮大炊御門辺に大なる男三人いく程もへたてす 
 +  切ふせたるあさましくつかひたる太刀かなかたみに切合て死たるかと 
 +  みれはおなし太刀のつかひさま也敵のしたりけるにやされと盗人と/下45ウy344 
 + 
 +  おほしきさまそしたるなといひののしるを殿上人ともいさ 
 +  行てみてこんとてさそひてゆけはゆかしはやと思へともいかさらんも 
 +  又心えられぬさまなれはしふしふにいぬ車にのりこほれてやり 
 +  よせてみれはいまたともかくもしなさてをきたりけるに年四十余斗 
 +  なる男のかつらひけなるか無文の袴に紺のあらひさしの青き山吹 
 +  のきぬの衫よくさらされたるきたるか猪のさやつかのしりさやし 
 +  たる太刀はきて牛の皮たひに沓きりはきなしてわきをかきお 
 +  よひをさしてとむきかうむき物いふ男たてりなに男にかとみる 
 +  ほとに雑色の走よりきてあの男の盗人かたきにあひてつかう 
 +  まつりたると申といひけれはうれしくもいふなる男かなとおもふ 
 +  程に車の前に乗たる殿上人のかの男めしよせよ子細とはんと 
 +  いへは雑色走よりてめしもてきたりみれはたかつらひけにてをと 
 +  かひそり鼻さかりたり赤ひけなる男の血目にみなし/下46オy345 
 + 
 +  て片膝つきて太刀の束に手をかけてゐたりいかなりつる事 
 +  そととへは此夜中はかりに物へまかるとてここをまかり過つる程に 
 +  物の三人おれはまさにまかり過なんやと申て走つつきてまう 
 +  てきつるを盗人なめりと思給へてあへくらへふせて候也今朝みれは 
 +  なにかしを見なしと思たまふへきやつ原にてさふらひけれは敵にて 
 +  仕りたりけるなめりと思給れはしや頭ともをまつてかくさふらふなり 
 +  とたちゐぬをよひをさしなとかたりたれは人々さてさてと 
 +  いひてとひきけはいととくるふやうにしてかたりおるその時にそ人に 
 +  ゆつりえて面もたけられてみけるけしきやしるからんと人し 
 +  れす思たりけれと我となのるもののいてきたりけれはそれにゆつり 
 +  てやみしと老て後に子ともにそかたりける/下46ウy346
  
-「けしきやしるからん」と人しれず思たりけれど、我となのるもののいできたりければ、それにゆづりてやみしと、老て後に子どもにぞかたける。 
text/yomeiuji/uji132.txt · 最終更新: 2019/06/24 19:09 by Satoshi Nakagawa