ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:yomeiuji:uji128

差分

このページの2つのバージョン間の差分を表示します。

この比較画面へのリンク

次のリビジョン
前のリビジョン
text:yomeiuji:uji128 [2014/04/16 01:56] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji128 [2019/06/02 13:33] (現在) – [第128話(巻11・第4話)河内守頼信、平忠恒を責る事] Satoshi Nakagawa
行 1: 行 1:
-====== 第128話(巻11・第4話)河内守頼信、平忠恒を責る事 ======+宇治拾遺物語 
 +====== 第128話(巻11・第4話)河内守頼信、平忠恒を責る事 ======
  
 **河内守頼信平忠恒ヲ責事** **河内守頼信平忠恒ヲ責事**
  
-**河内守頼信、平忠恒を責る事**+**河内守頼信、平忠恒を責る事**
  
-昔、河内守頼信、上野守にてありし時、坂東に平忠恒といふ兵ありき。「仰らるる事なきがごとくにする。うたん」とて、おほくの軍をこして、かれがすみかの方へ行むかふに、岩海のはるかにさし入たるむかひに家を作てゐたり。この岩海まはる物ならば、七八日にめぐりくるべし、すぐにわたらば、その日の中に責つべければ、忠恒、わたりの舟どもをみなとりかくしてけり。されば、わたるべきたうもなし。+===== 校訂本文 =====
  
-浜ばたに打出て「この浜のままに、めぐるべきにこそあれ」と兵ども思たるに、上野守のいふやう、「この海の廻よせば日比へなん。その間逃もし、又、寄られぬかまへもせられなん。けのうちによせて責んこそ、あのやつは存外にして、はてまどはんずれしか舟どもはみ取隠したり。いかはすべき」軍ども問きけに、軍ども、「さらに渡し給べきやうなし廻てこそよせさせ給べく候へ」と申ければ「此どもの中に、さりとも、の道りたるものはあるらん。頼信は坂東方は此たびこそはじめてみれ。されども、我家のつたへにききをきたる事あり。この海のは、堤のやうにて、広一丈ばかりて、すぐにわたりたる道あるな。深さは馬のふと腹にたつときく。この程にこそ、その道はあたりたるらめさりとも、このおほくの軍どもの中にしりたるものあるらん。さらば、たちてわたせ。頼信つづきてわたさん」とて、馬をかきはやめてよりければ、しりた物にやありけん、四五騎斗、馬を海に打おろただ渡に渡りければ、そにつきて五六百騎斗どもわたしけり。誠に馬の太腹にたちてわたる。+河内守頼信((源頼信))、上野守ありし時坂東平忠恒とい兵(つはもの)りき「仰せらること、なる。討たん」と多くのこして、かれが住み家の行き向かふに、海の遥かにさし入れたる向ひに家を作て居たり。この岩海回るものらば、七・八日し、すぐに渡ば、その日のうち責めべければ忠恒、渡りどもを、みな取り隠けり。さればべきやうもなし
  
-ほくの兵の中に、ただ二三人ばかりぞこの道はりたりける。のこりはらざりけり。「だにもなかりけり。しかるにこの守殿、この国をばこれこそはじめにておはするに、我等はこれの重代の者どもにてあるに、聞だにもせずらぬに、かくり給へるは、げに人にすぐれ給たる兵の道かな」とみなささやきおぢて、渡り行に、忠恒は、「海をまはりてぞ、せ給はんずらん。舟はみなかくしたれば、あさをば我斗こそりたれ、すぐにはえわたらざり給はじ。浜を廻給はん間には、とかくもし、逃もしてん。右なくはえめ給はじ」と思て心しづかに、軍そろへゐたるに、家のめぐりなる郎等、あはて走来ていはく、「上野殿は、この海の中にあさき道の候けるにより、おほくの軍を引して、すでにここへ来給ぬ。いかがせさせ給はん」とわななきこゑに、あはててひければ、忠恒、かねての支度にたがひて、「すでに責られなんず。かやうにしたて奉らん」とひて、たちまちにみやうぶを書て、文はさみにはさみてさしあ小舟に郎等一人のせてもたせてむかへてまいらせたりければ、守殿みてかのみやうをうけとらせていはく、「かやうにみやうにおこたり文をそへていすはにきたれる也されば、あなちに責きにあらず」とてこの文をとりて馬を引返しければ、みな帰けり+浜ばたにうち出でて、「この浜のままに、廻るべきにこそあれ」と兵ども思ひたるに、上野守の言ふやう、「この海のままに廻りて寄せば、日ごろ経(へ)なん。その間に、逃げもし、また、寄せられぬ構(かま)へもせられなん。今日のうちに寄せて責せんこそ、あの奴は存外にして、慌て惑はんずれ。しかるに、舟どもはみな取り隠したり。いかがはすべき」と、軍(いくさ)どもに問ひ聞けるに、軍ども、「さらに渡し給ふべきやうなし。廻りてこそ寄せさせ給ふべく候へ」と申しければ、「この軍どもの中に、さりとも、この道知りたるものはあるらん。頼信は坂東方はこのたびこそ初めて見れ。されども、わが家の伝へにて、聞き置きたることあり。この海の中には、堤のやうにて、広さ一丈ばかりして、すぐに渡りたる道あるなり。深さは馬の太腹に立つと聞く。このどにこそ、その道は当りたるらめ。さりとも、この多くの軍どもの中に知りたるものあるらん。さらば、先に立ちて渡せ。頼信、続きて渡さん」とて、馬をかき早めて寄りければ、知りたる者にやありけん、四・五騎ばかり、馬を海にうちおろして、ただ渡りに渡りければ、それにつきて、五・六百騎ばかりの軍ども渡しけり。まことに、馬の太腹に立ちて渡る。 
 + 
 +くの兵の中に、ただ二三人ばかりぞこの道はりたりける。りはつゆらざりけり。「ことだにもなかりけり。しかるにこの守殿(かうどの)、この国をばこれこそめにておはするに、われらはこれの重代の者どもにてあるに、聞だにもせずらぬに、かくり給へるは、げに人にすぐれ給たる兵の道かな」とみなささやき怖()ぢて、渡り行くほどに、忠恒は、「海をりてぞ、せ給はんずらん。舟はみなしたれば、浅道(あさみち)をば、わればかりこそりたれ、すぐにはえらざり給はじ。浜を廻給はん間には、とかくもし、逃もしてん。さう右なくはめ給はじ」と思かに、軍へゐたるに、家のめぐりなる郎等、て走たりていはく、「上野殿は、この海の中にき道の候けるにより、くの軍を引き具して、すでにここへ来給ぬ。いかがせさせ給はん」とわななきに、ててひければ、忠恒、かねての支度にたがひて、「われ、すでに責られなんず。かやうにしたて奉らん」とひて、たちまちに名簿(みやうぶ)を書て、文挟みに挟みて差し上げて、小舟に郎等一人乗せて持たせて、迎へて参らせたりければ、守殿見て、かの名簿を受け取らせていく、「かやうに名簿に怠り文を添へて出だすは、すでにきたれるなり。れば、あながちに責むべきにあらず」とて、この文を取りて、馬を引き返しければ、軍ども、な帰りけり。 
 + 
 +その後より、いとど守殿をば、「ことすぐれていみじき人におします」と、いよいよ言はれけり。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔河内守頼信上野守にてありし時坂東に平忠恒といふ 
 +  兵ありき仰らるる事なきかことくにするうたんとておほくの軍を 
 +  こしてかれかすみかの方へ行むかふに岩海のはるかにし入たる 
 +  むかひに家を作てゐたりこの岩海まはる物ならは七八日 
 +  にめくるへしすくにわたらはその日の中に責つへけれは忠恒わ 
 +  たりの舟ともをなとりかくしけりれはわたるへきやうも 
 +  な浜はたに打出てこの浜のままにめくるへきにこそれと 
 +  兵とも思たるに上野守のいふやうこの海のままに廻てよせ 
 +  は日比へなんその間に逃もし又寄られぬかまへもせられなんけふ/下39ウy332 
 + 
 +  のうちによせて責んこそあのやつは存外にしてあはてまと 
 +  はんすれしかるに舟ともはみな取隠したりいかかはすへきと軍 
 +  ともに問きけるに軍ともさらに渡し給へきやうなし廻て 
 +  こそよせさせ給へく候へと申けれは此軍ともの中にさり 
 +  ともこの道しりたるものはあるらん頼信は坂東方は此たひこそ 
 +  はしめてみれされとも我家のつたへにてききをきたる事あり 
 +  この海の中には堤のやうにて広さ一丈はかりしてすくに 
 +  わたりたる道あるなり深さは馬のふと腹にたつときくこの程に 
 +  こそその道はあたりたるらめさりともこのおほくの軍ともの 
 +  中にしりたるものあるらんさらは先にたちてわたせ頼信つつきて 
 +  わたさんとて馬をかきはやめてよりけれはしりたる物にや 
 +  ありけん四五騎斗馬を海に打おろしてたた渡に渡りけれは 
 +  それにつきて五六百騎斗の軍ともわたしけり誠に馬の太腹に/下40オy333 
 + 
 +  たちてわたるおほくの兵の中にたた二三人はかりそこの道はしり 
 +  たりけるのこりは露もしらさりけりきく事たにもなかりけり 
 +  しかるにこの守殿この国をはこれこそはしめにておはするに我 
 +  等はこれの重代の者ともにてあるに聞たにもせすしらぬに 
 +  かくしり給へるはけに人にすくれ給たる兵の道かなとみなささやき 
 +  おちて渡り行程に忠恒は海をまはりてそよせ給はんすらん舟 
 +  はみなとりかくしたれはあさ道をは我斗こそしりたれすくには 
 +  えわたらさり給はし浜を廻給はん間にはとかくもし逃もしてん 
 +  左右なくはえせめ給はしと思て心しつかに軍そろへゐた 
 +  るに家のめくりなる郎等あはて走来ていはく上野殿はこの 
 +  海の中にあさき道の候けるによりおほくの軍を引くして 
 +  すてにここへ来給ぬいかかせさせ給はんとわななきこゑにあはてて 
 +  いひけれは忠恒かねての支度にたかひて我すてに責られなん/下40ウy334 
 + 
 +  すかやうにしたて奉らんといひてたちまちにみやうふを書 
 +  て文はさみにはさみてさしあけて小舟に郎等一人のせても 
 +  たせてむかへてまいらせたりけれ守殿みてかのみやうをうけ 
 +  とらせていはくかやうにみやうにおこたり文をそへていすはすて 
 +  にきたれる也されあなちに責きにあらとてこの文を 
 +  とりて馬を引返しけれもみな帰けりそののちより 
 +  いとと守殿をはことにすくれていみしき人におはしますと弥いはれけり/下41オy335
  
-そののちより、いとど守殿をば「ことにすぐれていみじき人におはします」と、弥いはれけり。 
text/yomeiuji/uji128.1397581011.txt.gz · 最終更新: 2014/04/16 01:56 by Satoshi Nakagawa