text:yomeiuji:uji122
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text:yomeiuji:uji122 [2014/10/11 01:40] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji122 [2019/04/16 12:33] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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**小槻当平の事** | **小槻当平の事** | ||
- | 今は昔、主計頭小槻当平と云人あり。その子に算博士なるものあり。名は茂助となんいひける。主計頭忠臣が父、淡路守大夫史奉親が祖父なり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | いきたらば、やんごとなくなりぬべきものなれば、「いかでかなくも成なん。これが出たちなば、主計頭、主税頭、助大夫史にはこと人はきしろうべきやうもなかんめり。なりつたはりたる職なるうへに、才かしこく心ばへもうるせかりければ、六位ながら世におぼえ、やうやうきこえたかくなりもてゆけば、なくてもありなん」とおもふ人々もあるに、此人の家に、さとしをしたりければ、その時の陰陽師に物をとふに、いみじくをもくつつしむべき日どもをかきいでてとらせたりければ、そのままに門をつよくさして、物忌して居たるに、敵の人、かくれて陰陽師に死ぬべきわざどもをせさせければ、そのまじわざさする陰陽師のいはく、「物忌してゐたるは、つつしむべき日にこそあらめ。その日、のろいあはせばぞしるしあるべき。されば、をのれをぐして、その家におはして、よびいで給へ。門は物忌ならば、よもあけじ。ただ、こゑをだにききては、かならずのろふしるしありなん」といひければ、陰陽師をぐして、それが家にいきて、門をおびただしくたたきければ、下すいできて、「たそ、この門たたくは」といひければ、「それがしが、とみの事にてまいれるなり。いみじきかたき物忌なりとも、ほそめにあけていれ給へ。大切の事なり」といはすれば、この下す男、帰入て「かくなん」といへば、「いとわりなき事也。世にある人の事思はぬやはある。えいれたてまつらじ。更にふようなり。とく帰給ね」といはすれば、又、いふやう、「さらば、門をあけ給はずとも、その遣戸から、顔をさしいで給へ。みづからきこえん」といへば、しぬべき宿世にやありけん、「何事ぞ」とてやり戸からかほをさしいでたりければ、陰陽師、そのこゑをきき、かほをみて、すべきかぎりのろひつ。 | + | 今は昔、主計頭(かずへのかみ)小槻当平(をづきのまさひら)といふ人あり。その子に算博士なるものあり。名は茂助((小槻茂助))となんいひける。主計頭忠臣((小槻忠臣))が父、淡路守大夫史奉親((小槻奉親))が祖父なり。 |
- | この「あはん」と云人は、「いみじき大事いはん」といひつれども、いふべき事もおぼえねば、「ただ今ゐ中へまかれば、その『よし申さん』と思て、まうできつるなり。はや入給ね」といへば、「大事にもあらざりける事により、かく人をよびいでて物もおぼえぬ主かな」といひて入ぬ。それよりやがて、かしらいたくなりて、三日と云に死にけり。 | + | 生きたらば、やんごとなくなりぬべきものなれば、「いかでか、なくもなりなん。これが出で立ちなば、主計頭、主税頭、助大夫史には異人(ことひと)はきしろうべきやうもなかんめり。なり伝はりたる職なる上に、才かしこく、心ばへもうるせかりければ、六位ながら、世覚え、やうやう聞こえ高くなりもてゆけば、なくてもありなん」と思ふ人々もあるに、この人の家にさとしをしたりければ、その時の陰陽師にものを問ふに、いみじく重く慎しむべき日どもを書き出でて取らせたりければ、そのままに門を強くさして、物忌みして居たるに、敵(かたき)の人、隠れて、陰陽師に死ぬべきわざどもをせさせければ、そのまじわざさする陰陽師のいはく、「物忌みして居たるは、慎しむべき日にこそあらめ。その日、呪ひ合はせばぞ、しるしあるべき。されば、おのれを具して、その家におはして、呼び出で給へ。門は物忌みならば、よも開けじ。ただ、声をだに聞きては、必ず呪ふしるしありなん」と言ひければ、陰陽師を具して、それが家に行きて、門をおびただしく叩きければ、下衆(げす)出で来て、「誰(た)そ。この門叩くは」と言ひければ、「それがしが、とみのことにて参れるなり。いみじきかたき物忌みなりとも、細めに開けて入れ給へ。大切のことなり」と言はすれば、この下衆男、帰り入りて「かくなん」と言へば、「いとわりなきことなり。世にある人のこと思はぬやはある。え入れ奉らじ。さらに不用なり。とく帰り給ひね」と言はすれば、また言ふやう、「さらば、門を開け給はずとも、その遣戸(やりど)から、顔をさし出で給へ。みづから聞こえん」と言へば、死ぬべき宿世にやありけん、「何事ぞ」とて、遣戸から顔をさし出でたりければ、陰陽師、その声を聞き、顔を見て、すべきかぎり呪ひつ。 |
- | されば、物忌には、こゑたかく、よその人にはあふまじきなり。かやうにまじわざする人のためには、それにつけて、かかるわざをすれば、いとおそろしき事也。 | + | この「会はん」と言ふ人は、「いみじき大事言はん」と言ひつれども、言ふべきことも思えねば、「ただ今、田舎へまかれば、『そのよし申さん』と思ひて、詣で来つるなり。はや入り給ひね」と言へば、「大事にもあらざりけることにより、かく人を呼び出でて、ものもおぼえぬ主かな」と言ひて入りぬ。それよりやがて、頭(かしら)痛くなりて、三日といふに死ににけり。 |
- | さて、そののろひ事せさせし人も、いく程なくて、殃にあひて死けりとぞ。身にをひけるにや。 | + | されば、物忌みには、声高く、よその人には会ふまじきなり。かやうにまじわざする人のためには、それにつけて、かかるわざをすれば、いと恐しきことなり。 |
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+ | さて、その呪ひ事せさせし人も、いくほどなくて、殃(わざはひ)にあひて死にけりとぞ。「身に負ひけるにや。あさましきことなり」となん、人の語りし。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | 今は昔主計頭小槻当平と云人ありその子に算博 | ||
+ | 士なるものあり名は茂助となんいひける主計頭忠臣か父淡 | ||
+ | 路守大夫史奉親か祖父なりいきたらはやんことなくなり | ||
+ | ぬへきものなれはいかてかなくも成なんこれか出たちなは主計頭 | ||
+ | 主税頭助大夫史にはこと人はきしろうへきやうもなかんめり | ||
+ | なりつたはりたる職なるうへに才かしこく心はへもうるせかりけれは | ||
+ | 六位なから世おほえやうやうきこえたかくなりもてゆけはなく | ||
+ | てもありなんとおもふ人々もあるに此人の家にさとしをしたり | ||
+ | けれはその時の陰陽師に物をとふにいみしくをもくつつしむ | ||
+ | へき日ともをかきいててとらせたりけれはそのままに門を | ||
+ | つよくさして物忌して居たるに敵の人かくれて陰陽師に死ぬ | ||
+ | へきわさともをせさせけれはそのましわささする陰陽師のいはく | ||
+ | 物忌してゐたるはつつしむへき日にこそあらめその日のろい/下31ウy316 | ||
+ | |||
+ | あはせはそしるしあるへきされはをのれをくしてその家に | ||
+ | おはしてよひいて給へ門は物忌ならはよもあけしたたこゑを | ||
+ | たにききてはかならすのろふしるしありなんといひけれは陰陽 | ||
+ | 師をくしてそれか家にいきて門をおひたたしくたたきけれは | ||
+ | 下すいてきてたそこの門たたくはといひけれはそれかしかとみ | ||
+ | の事にてまいれるなりいみしきかたき物忌なりとも | ||
+ | ほそめにあけていれ給へ大切の事なりといはすれはこの下す | ||
+ | 男帰入てかくなんといへはいとわりなき事也世にある人の事 | ||
+ | 思はぬやはあるえいれたてまつらし更にふようなりとく帰給 | ||
+ | ねといはすれは又いふやうさらは門をあけ給はすともその遣 | ||
+ | 戸から顔をさしいて給へみつからきこえんといへはしぬへき | ||
+ | 宿世にやありけん何事そとてやり戸からかほをさし | ||
+ | いてたりけれは陰陽師そのこゑをききかほをみてすへきかき/下32オy317 | ||
+ | |||
+ | りのろひつこのあはんと云人はいみしき大事いはんと | ||
+ | いひつれともいふへき事もおほえねはたた今ゐ中へまかれは | ||
+ | そのよし申さんと思てまうてきつるなりはや入給ねといへは | ||
+ | 大事にもあらさりける事によりかく人をよひいてて物もお | ||
+ | ほえぬ主かなといひて入ぬそれよりやかてかしらいたくなりて | ||
+ | 三日と云に死にけりされは物忌にはこゑたかくよその人には | ||
+ | あふましきなりかやうにましわさする人のためにはそれに | ||
+ | つけてかかるわさをすれはいとおそろしき事也さてそののろ | ||
+ | ひ事せさせし人もいく程なくて殃にあひて死けりとそ | ||
+ | 身にをひけるにやあさましき事なりとなん人のかたりし/下32ウy318 | ||
- | 「あさましき事なり」となん、人のかたりし。 |
text/yomeiuji/uji122.txt · 最終更新: 2019/04/16 12:33 by Satoshi Nakagawa