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text:yomeiuji:uji118 [2014/10/07 19:17] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji118 [2019/02/28 21:27] Satoshi Nakagawa
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 宇治拾遺物語 宇治拾遺物語
-====== 第118話(巻10・第5話)播磨守の子、サダユフガ事 ======+ 
 +====== 第118話(巻10・第5話)播磨守の子、さだふふが事 ======
  
 **播磨守子さだゆふが事** **播磨守子さだゆふが事**
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 **播磨守の子、サダユフガ事** **播磨守の子、サダユフガ事**
  
-今はむかし、播磨守きんゆきが子にさだゆふとて、五条わたりにありしものは、このある、あきむねともののなり。+===== 校訂本文 ===== 
 + 
 +今は、播磨守公行(きんゆき)((佐伯公行))が子にさだゆふ(([[:text:k_konjaku:k_konjaku27-26|『今昔物語集』27-26]]では「佐大夫」))とて、五条わたりにありしは、このごろある、あきむね(([[:text:k_konjaku:k_konjaku27-26|『今昔物語集』27-26]]では「顕宗」))といふ者の父なり。 
 + 
 +そのさだゆふは、阿波守さとなり(([[:text:k_konjaku:k_konjaku27-26|『今昔物語集』27-26]]では「藤原定成」))が供(とも)に阿波へ下りけるに、道にて死にけり。そさだゆふは、河内前司(([[:text:k_konjaku:k_konjaku27-26|『今昔物語集』27-26]]では「河内禅師」))といひし人類(るい)にてぞありける。 
 + 
 +その河内前司がもとに、あめまだらなる牛ありけり。その牛を人の借りて、車かけて淀へやりけるに、樋爪(ひづめ)の橋にて、牛飼悪しくやりて、片輪を橋より落したりけるに、引かれて、車の橋より下に落ちけるを、「車の落つる」と心得て、牛の踏み広ごりて立てりければ、むながひ切れて、車は落ちて砕けにけり。牛は、ひとり橋の上に留まりてぞありける。人も乗らぬ車なりければ、損(そこな)はるる人もなかりけり。「えせ牛ならましかば、引かれて落ちて、牛も損はれまし。いみじき牛の力かな」とて、その辺(へん)の人言ひ讃めける。 
 + 
 +かくて、この牛をいたはり飼ふほどに、この牛、いかにして失せたるといふことなくて、失せにけり。「こはいかなることぞ」と求め騒げどなし。「離れて出でたるか」とて、近くより遠くまで、尋ね求めさすれども、なければ、「いみじかりつる牛を失なひつる」と歎くほどに、河内前司が夢に見るやう、このさだゆふが来たりければ、「これは、海に落ち入りて死にけると聞く人は、いかに来たるにか」と、思ひ思ひ出で会ひたりければ、さだゆふが言ふやう、「われは、この艮(うしとら)のすみにあり。それより、日に一度、樋爪の橋のもとにまかりて、苦を受け侍るなり。それに、おのれが罪の深くて、身のきはめて重く侍れば、乗物の耐へずして、徒歩(かち)よりまかるが苦しきに、このあめまだらの御車、牛の力の強くて、乗りて侍るに、いみじく求めさせ給へば、いま五日ありて、六日と申さん巳の時ばかりには返し奉らん。いたくな求め給ひそ」と見て覚めにけり。「かかる夢をこそ見つれ」と言ひて過ぎぬ。 
 + 
 +その夢見つるより六日といふ巳の時ばかりに、そぞろにこの牛の歩み入りたりけるが、いみじく大事したりけるにて、苦しげに舌垂れ、汗水(あせみづ)にてぞ入り来たりける。 
 + 
 +「この樋爪の橋にて車落ち入り、牛はとまりたりける折なんどに行きあひて、『力強き牛かな』と見て、借りて乗りてありけるにやありけんと思ひけるも、恐しかりける」と、河内前司、語りしなり。 
 + 
 +===== 翻刻 =====
  
-そのさゆふは阿波守さとなりともに阿波へくりけるに道にて死けりそのさゆふは河内前司といひし人のるいにてありける+  今はむかし播磨守きんゆきか子にさたゆふとて五条わたり 
 +  にありしものはこの比あるあきむねと云ものの父なりそのさた 
 +  ゆふは阿波守さとなりともに阿波へくりけるに道にて死けり 
 +  そのさゆふは河内前司といひし人のるいにてありけるその 
 +  河内前司かもとにあめまたらなる牛ありけりその牛を人の 
 +  借て車かけて淀へやりけるにひつめのはしにて牛飼あしくや 
 +  りて片輪を橋よりおとしたりけるにひかれて車の橋より 
 +  したに落けるを車のおつると心えて牛のふみひろこりてたてり 
 +  けれはむなかひきれて車は落てくたけにけり牛は一橋の 
 +  うへにととまりてそありける人ものらぬ車なりけれはそこなはるる 
 +  人もなかりけりゑせ牛ならましかはひかれておちて牛も/下24y301
  
-の河内前司のもとに、あめだらなるありけり。そ牛を人の借て、車やりけるに、めのはて、飼あしくやり、片輪を橋よとしたりけに、ひ車の橋よりしたに落けるを、「車のおつる心えて、牛のふみひろごりてりければ、むながひきて車は落てくだけにけり。牛、一、橋のうへにとどまりありける。人ものらぬ車なければ、こなはるる人かりけり。「ゑせ牛らましば、ひおち、牛そこなはれまし。いみじき牛の力かな」と、そのへんの人いひほめける。+  こなはれしいみしき牛のなとそのんの人い 
 +  ほけるかくてこ牛をいたりかふほといかにて 
 +  うせたるといふ事なくてうせにけこはいかなる事そもと 
 +  めさはけとなはなれていてたるかちかくより遠くまて 
 +  尋もとめさすれともなれはいみしかりつうしなひつると 
 +  なけく程に河内前司か夢にみるやうこさたゆかきたり 
 +  けれはこれは海に死けるときいかきたるにか 
 +  おもひおもひいてあひたりけれはさたゆふかいふやう我はこうし 
 +  とのすみにありそれより日に一度ひつめの橋のとにまかりて 
 +  苦をう侍るりそれにおのれ罪のふ身のきは 
 +  めく侍は乗物のたへすしてかちよりかるかくるしきに 
 +  このあめまたらの御車牛の力のつよくてのりて侍るにいみしく 
 +  もとめさせ給はいま五日ありて六日と申さ時斗には返し/下24ウy302
  
-かく、この牛をいたはりかふほどに、此牛いかにしてうせたるといふ事なてうせにけり。「こはいかる事ぞ」ともとめさはげどなし。「はなれていでるか」とて、ちかくより遠くまで尋もとさすれどもなれば、「いみじかうしなひつるなげく程、河内前司が夢みるやう、こさだふがきたりければ、「これは海に落入て、死けるときく人は、いにきたるにか」と、おもひおもひであひたりければ、さだゆふがいふやう、「我はこのうとらのすみにあり。れよ日に一度、めの橋のもて、苦をうるなり。それ、おのれが罪のふかく、身のはめをもく侍れば、物のたへずし、かちよまかがくるしき、このめまだらの御車、牛の力のつよくてのて侍に、いみじくもとめさせ給へば、いま五日あて六日と申さん、巳の時斗には返たてまつらん。いたくもとめたまひそ」とみてさめにけ。「かかる夢をこそみつれ」と、いひて過ぬ。+  たまつらんいたくなもとめたまひそけりかか 
 +  夢こそみつれといて過ぬその夢みつるより六日云 
 +  巳の時斗そそろ此牛み入たりけるかいみしく大事 
 +  したりけるにてくる舌たれせ水にて来りける 
 +  此めの橋にて車落入牛はとまりたりけるおりんと 
 +  行あひ力つよ牛かなとみて借て乗てるにや 
 +  ありけんと思けるもおそろしかりける河内前司かたりしなり/下25オy303
  
-その夢みつるより六日と云、巳の時斗にそぞろに此牛のあゆみ入たりけるが、いみじく大事したりけるにて、くるしげに舌たれあせ水にてぞ入り来りける。「此ひづめの橋にて車落入、牛はとまりたりけるおりなんどに行あひて『力つよき牛かな』とみて、借て乗てありけるにやありけんと、思けるも、おそろしかりける」と、河内前司かたりしなり。 
text/yomeiuji/uji118.txt · 最終更新: 2019/02/28 21:31 by Satoshi Nakagawa