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text:yomeiuji:uji114 [2014/10/07 19:15] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji114 [2019/02/24 12:42] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **伴大納言、応天門を焼く事** **伴大納言、応天門を焼く事**
  
-今はむかし((傍注「清和」))、水尾の御門の御時に応天門やけぬ。人のつけたるになんありける。+===== 校訂本文 =====
  
-それを伴善男といふ大納言「これまこと((傍注「信」))の大臣のしわざなり」と大やけに申ければおとどをつみせんとせさせ給けるに、忠仁公、世の政はおとうとの西三条の右大臣((傍注「良相公」))にゆづりて、白川にこもりゐ給へる時にて、こ事をきき、おどろき給て、烏帽子、直衣ながら、移の馬乗給てのりながら北の陣までおはして、御前にまいり給て、この事申人の讒言にも侍らん。大事になさせ給事、いとことやうの事也。かかる事は、返返よくただして、まこと、そらごと、あらはしておこなはせ給べきなり」とそうし給れば、「まことにも」とおぼしめしてださせ給、一定もき事なれば、「ゆるし給よし仰せよ」とる宣旨、うけ給てぞ、おとどは帰給ける。+((底本「清和」と傍注))、水尾の御((清和天皇))の御に、応天門焼けぬ。人のけたになける。
  
-左のおどはすぐたる事もに、かかるよこざまの罪にあたおぼしなげきて装束して、あらこもをしきて、いでて天道にうたへ申るに、ゆるし使に、頭中将、馬にりながらはせければ、「いそぎ罪せらるる使ぞ」と心して、ひと家なきののしる、ゆるしよしおほせかけ帰ぬれば又、悦なきおびただしかりけりゆるされ給けれど「やけつかまつは、よこざの罪いできぬける」と、ことにもとやうに宮つかへもし給はりけ+それを伴善男いふ大納言「これはまことの大臣((源信。底本「まこと」に「信」と傍注。))のわざり」とおほやけ申しければ大臣(おとど)をせんとせさせ給ひけ忠仁公((藤原良房))政(まつりごと)は御弟の西三条の右大臣((藤原良相。底本「良相公」と傍注))にゆづりて、白河にこもりゐこのことを聞き、驚きひて、烏帽子・直衣ながら移しの馬に乗り給ひて、乗りながら北の陣までおはして、御前参りて、このこと申す「人の讒言(ざんげん)も侍らん。なさせ給ふこと、いと異様(ことや)のことな。かかることは、かへすがへすくただして、こと・そらごと、あらはして行なはせ給ふきなり」と奏し給ければ「まことにも思し召して、たださせ給ふに、一定(いちぢやう)なきことなれば、「許し給ふよし、仰せせよ」とある宣旨、承りてぞ、大臣給ひ
  
-此事は過秋の比右兵衛の舎人なるもの、東の七条住けるがさにいりて、夜更帰とて、門の前をとほりけるに、人のはひしてささめく。廊にかくれたちれば、柱よりかおるるものあり。あやしくてみば伴納言なり。次子なる人お。又次に雑色よ清といふものおる+左の大臣((源信))ことなきに、かかる横様(よこざ)の罪に当たるを思し歎きて、日の装束し、庭荒薦(あらこも)を敷きて、出でて道に訴(うた)へ申し給ひけるに、許し給ふ御使に、頭中将、馬に乗りながら馳せ詣でれば、「急ぎ罪せらるる使ぞ」と心して、一家(ひといえ)泣きのしる、許し給ふよし、仰せ帰りぬれば、また、悦び泣きおびただしかりり。許さ給ひにけれど、「やけつかうまつりては、横様の罪出で来ぬべかりけ」と言ひてに、やうに宮仕へもし給はざりけり
  
-「なにわざしておるるにあらん」とつゆ心もえで見るに、この三人、おりつるまま、はる事かぎりなし。南朱雀門ざまに走ていぬればの舎人も家ざまに行程に二条堀川ほと行に、「大内の火あ」と大路ののし。みかへりみれば内裏の方とみゆ。走かへりたれば、応天門の上のなからばかりもえたるなりけり。「このありつる人どもは、こ火つるとのぼ」と心えども、人のきはめる大事なればあへて口り外ださず+このこと過ぎにしころ右兵衛の舎人なる七条住みけるがりて、夜更けて家に帰て、応天門の前を通りけるに、人の気配してささめ。廊のわきに隠れ立ち見れば、柱よかかぐ下(お)る者あ。怪しく、見伴大納言なり。次に子なる((伴中庸))下(お)る。また、次に雑色と清とふもの下る
  
-そののち、左のおし給へとて、うぶ給べし」といひののしる。「あはれ、したる人ある物を。いみじき事かな」おもへどいひいだすべき事ないとおし」と思ひありくに、おとど、されぬば「罪なき事はつゐにのがる物りけり」となん思ける。かく九月斗になり+何わざして下るるにあらん」、つゆ心も得で見るに、こ三人、下り果つままに、走るこかぎりなし。南の朱雀門ざまに走り往ぬればこの舎人も、家ざまに行くほどに、二条堀川のほど行くに、「大内の方(た)に火あり」とて、大路ののしる。見返りて見内裏見ゆ。走り返りたれば応天門の上の半らばかり燃えたるなりけり。このありつる人もはこの火つくるとて上りたりけるなり」と心得あれども、人のきはめたる大事れば、あへて口よ外に出ださず
  
-かかる程に、伴大納言出納の家のおさなき子と舎人が小童といさかひをして、出納ののしれば、いでてとりさんとすに、の出納、おなじくいでみるにきはなちて、我子をば家に入て、こ舎人が子髪を取てうちふせて、ぬばかりふむ舎人おもふやう「我子も人の、ともに童部いさかひなりただ、さてはあらで、我子をしも、かくなさけなくふむはとあし事なり」腹だたしうて、「まうとはいさけなくおさなきものをかくはするぞ」と、出納いふやう、「おれは何事いふぞ。とねりつるおればかりのおほやけ人を、わがうちたらんに何事のあるべきぞ。わが君、大納言殿のおはしませば、いみじきあやまちをしたりも、なに事のいでくべきぞ。れ事いふかたいかな」といふに、舎人おほきに腹立て、「おれはにごいふぞ。わがしうの大納言をかうけおもふか。おのがしうは、我口によりて人におはするはしらぬか。わが口あけては、おがしうは人にてはありなんや」といひければ、出納は腹たちさして家にはい入にけり+「左大臣のしへることとて、罪かうぶ給ふべし」と言ひののし「あはれしたる人のあるのを。いみじとかな」と言ひ出だべきことならねば、いとし」と思ひありくに、「大臣許されぬ」と聞けば、「きこはつひにのがるるものけり」となんひけ
  
-このいさかひをみるとて、里隣の人、市をなしてきければ、「いかににかあらん」と思て、あるは妻子にかたり、あるはつぎつぎかたらしてさはぎければ、世にひろごりて、やけまでこしして、舎人をしてはれければ、はじめはあらがひけれども、われも罪かうぶりぬべくはれければ、ありのくだりのことを申てけり。そののち大納言もとはれなして事あらはれての後なん流されける+かくて、九月ばかりになりぬ。かかるほどに、伴大納言の出納(しゆつなふ)の家の幼なき子と、舎人が小童といさかひをして、出納ののしれば、出でて取りさへんとするに、この出納、同じく出でて見るに、寄りて引き放ちて、わが子をば家に入れて、この舎人が子の髪を取りて、うち伏せて死ぬばかり踏む。 
 + 
 +舎人、思ふやう、「わが子も人の子も、ともに童部いさかひなり。ただ、さてはあらで、わが子しも、かく情けなく踏むは、いと悪しきことなり」と腹立たしうて、「まうとは、いかで情けなく幼き者をかくはするぞ」と言へば、出納、言ふやう、「おれは何事言ふぞ。舎人だつるおればかりのおほやけ人を、わが打ちたらんに、何事のあるべきぞ。わが君、大納言殿のおはしませば、いじき過ちをしたりとも、何事の出で来(く)べきぞ。痴れ言いふかたゐかな」と言ふに、舎人、おほきに腹立ちて、「おれは何事言ふぞ。わが主(しう)の大納言をかうけに思ふか。おのが主は、わが口によりて、人にもおはするは知らぬか。わが口開けては、おのが主は人にてはありなんや」と言ひければ、出納は腹立ちさして、家に這ひ入りにけり。 
 + 
 +このいさかひを見るとて、里隣の人、市をなしてきければ、「いかにことにかあらん」と思て、あるは妻子にり、あるはつぎつぎらして、言ぎければ、世にごりて、おほやけまでこしして、舎人をしてはれければ、めはあらがひけれども、われも罪かうぶりぬべくはれければ、ありのくだりのことを申てけり。その後、大納言も問はれなどして、ことあらはれて後なん流されける。 
 + 
 +応天門を焼きて、信の大臣に負ほせて、かの大臣を罪せさせて、一の大納言なれば大臣にならんと構へけることの、返りてわが身罪せられけん、いかに悔しかりけむ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今はむかし水尾(清和)の御門の御時に応天門やけぬ人のつけたるに 
 +  なんありけるそれを伴善男といふ大納言これはまこと(信)の大臣の 
 +  しわさなりと大やけに申けれはそのおととをつみせんとせさ 
 +  せ給けるに忠仁公世の政は御おとうとの西三条の右大臣(良相公)にゆ 
 +  つりて白川にこもりゐ給へる時にてこの事をききおとろき給 
 +  て御烏帽子直衣なから移の馬に乗給てのりなから北の陣 
 +  まておはして御前にまいり給てこの事申人の讒言にも 
 +  侍らん大事になさせ給事いとことやうの事也かかる事は 
 +  返々よくたたしてまことそらことあらはしておこなはせ給へき 
 +  なりとそうし給けれはまことにもとおほしめしてたたさせ 
 +  給に一定もなき事なれはゆるし給よし仰せよとある宣旨/下21オy295 
 + 
 +  うけ給てそおととは帰給ける左のおととはすくしたる事も 
 +  なきにかかるよこさまの罪にあたるをおほしなけきて日の装 
 +  束して庭にあらこもをしきていてて天道にうたへ申給けるにゆる 
 +  し給ふ御使に頭中将馬にのりなからはせまうてけれはいそき 
 +  罪せらるる使そと心してひと家なきののしるにゆるし給よし 
 +  おほせかけて帰ぬれは又悦なきおひたたしかりけりゆるされ給にけれ 
 +  と大やけにつかうまつりてはよこさまの罪いてきぬへかりけるといひて 
 +  ことにもとのやうに宮つかへもし給はさりけり此事は過にし秋の比 
 +  右兵衛の舎人なるもの東の七条に住けるかつかさにまいりて夜 
 +  更て家に帰とて応天門の前をとほりけるに人のけはひしてささ 
 +  めく廊の腋にかくれたてみれは柱よりかかくりおるるものあり 
 +  あやしくてみれは伴大納言なり次に子なる人おる又次に雑色 
 +  とよ清といふのおるなにわさしておるるにあらんつゆ心もえて/下21ウy296 
 + 
 +  見るにこの三人おりつるままにはしる事かきりなし南の朱 
 +  雀門さまに走ていぬはこの舎人も家さまに行程に二条 
 +  堀川のほと行に大内のかたに火ありとて大路ののしるみかへりて 
 +  みれは内裏の方とみゆ走かへりたれは応天門の上のからはかり 
 +  もえたるなりけりこのありつる人ともはこの火つくるとてのほり 
 +  たりけるなりと心えてあれとも人のきはめたる大事なれはあへて口 
 +  より外にいたさすそののち左のおととのし給へる事とて罪かうふり 
 +  給へしといひののしるあはれしたる人のある物をいみしき事かなと 
 +  おもへといひいたすへき事ならねはいとおしと思ひありくにおととゆる 
 +  されぬときけは罪なき事はつゐにのかるる物なりけりとなん 
 +  思けるかくて九月斗になりぬかかる程に伴大納言の出納の家の 
 +  おさなき子と舎人か小童といさかひをして出納ののしれはいてて 
 +  とりさへんとするにこの出納おなしくいててみるによりてひき/下22オy297 
 + 
 +  はなちて我子をは家に入てこの舎人か子の髪を取てうち 
 +  ふせてしぬはかりふむ舎人おもふやう我子も人の子もともに童部 
 +  いさかひなりたたさてはあらて我子をしもかくなさけなくふむは 
 +  いとあしき事なりと腹たたしうてまうとはいかてなさけなく 
 +  おさなきものをかくはするそといへは出納いふやうおれは何事い 
 +  ふそとねりたつるおれはかりのおほやけ人をわかうちたらんに何 
 +  事のあるへきそわか君大納言殿のおはしませはいみしきあや 
 +  まちをしたりともなに事のいてくへきそしれ事いふかたいかなと 
 +  いふに舎人おほきに腹立ておれはなにこといふそわかしうの大納言 
 +  をかうけにおもふかおのかしうは我口によりて人にもおはする 
 +  はしらぬかわか口あけてはおのかしうは人にてはありなんやといひけれ 
 +  は出納は腹たちさして家にはい入にけりこのいさかひをみるとて 
 +  里隣の人市をなしてききけれはいかにいふ事にかあらんと思て/下22ウy298 
 + 
 +  あるは妻子にかたりあるはつきつきかたりちらしていひさはきけれ 
 +  は世にひろこりて大やけまてきこしめして舎人をめしてと 
 +  はれけれははしめはあらかひけれともわれも罪かうふりぬへくと 
 +  はれけれはありのくたりのことを申てけりそののち大納言もとは 
 +  れなとして事あらはれての後なん流されける応天門を焼 
 +  てまことの大臣におほせてかのおととをつみせさせて一の大納言 
 +  なれは大臣にならんとかまへける事のかへりてわか身罪せられ 
 +  けんいかにくやしかりけむ/下23オy299
  
-応天門を焼て、まことの大臣におほせて、かのおとどをつみせさせて、一の大納言なれば大臣にならんとかまへける事の、かへりてわが身罪せられけん、いかにくやしかりけむ。 
text/yomeiuji/uji114.txt · 最終更新: 2019/02/24 12:42 by Satoshi Nakagawa