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text:yomeiuji:uji113 [2014/10/07 19:15] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji113 [2019/02/24 11:57] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **博打の子、聟入の事** **博打の子、聟入の事**
  
-昔、ばくちの子の年わかきが、目鼻一所にとりよせたるやうにて、世の人にも似ぬありけり。ふたりのおや、「これはいかにして世にあらせんずる」と思てありける処に、長者の家にかしづく女のありけるが、「かほよからん聟とらむ」と母のもとめけるをつたへききて、「あめの下のかほよしといふ人、聟にならんとの給」といひければ、長者、悦て「聟にとらん」とて、日をとりて契てけり。+===== 校訂本文 =====
  
-りて、装束など人にかりて、月はかかりけれど、かほみえぬやうもてなして、ばくちどもつまりてありければ人々しくおぼえて、くくおもふ。+昔、博打(ばくち)子の年若きが、目鼻一所寄せたるやうにて、世の人にも似ぬありけり。二人の親「これはいかにして世にらせんずる」と思ひてありけるところに長者の家にか女(むすめ)のありけるが、「顔良からん聟とらむ」と母の求めけるを伝へ聞きて、「天(あめ)の下の顔よしといふ人、聟ならんとのたま」と言ひければ、長者、悦びて「聟に取らん」とて、日をとりて契りてけり
  
-さて、よるよるいくに、昼ゐるべきほどになりぬ。「いかがせん」と思めぐらして、ばくち一、長者の家の天井りて、ふたねたるへの天井を、ひしひしとふみして、いかめしく、おそろしげなるこゑにて、「あめのしたのかほよし」とよぶ。家のうちのものども、「いかなる事ぞ」とききどふ。聟、いみじくおぢ、「をのをこそ世の、『天のたのかほよし』といときけ。いかなる事ならん」といふに、三度までよべばいらへつ+その夜になりて、装束など人にりて、月は明かかけれど、顔見えぬやにもてなして、博打どもありけ、人く覚えて心にくく思ふ。
  
-「これはいかいらへつぞ」といへば、「心もあらでいらへつるなり」といふ。鬼のいふやう「此家のむすめは、わが領じて三年るを、、いかにおもひかくはかふぞ」といふ「さる御事としらでかよひつるなり。ただ、御たすけ候へ」といへば、鬼、「いといとにくき事り。一ことして帰らん。汝、命かたちと、いづれかおし」といふ。聟かがいらうべき」といふに、しうと、しうとめ、「なにぞ御かたちぞ。命だにおはせば。ただかたち給へ」といへばへのごくいに、鬼「さらばすふすふ」といふ時に、聟、顔をかへて、「あらあら」といひてろぶ。鬼はあよび帰ぬ+さて、夜々(よるよる)行く、昼居べきほどになりぬ。「いかがせん」と思ひめぐらして博打一人、長者の家の天井て、二人寝た上の天井を、ひしひしと踏み鳴らして、いかめしく恐しげなる声にて、「天の下の顔」と呼ぶ家の内の者ども、「いことぞ」ふ。聟みじく怖ぢて、「こそ、世天の下の顔よしとふと聞け。いかなることな」とに、三度で呼べばいらへつ
  
-さて「かはいかがたる。ん」とて、指燭をさして人々れば、目はなひとつ所にりすたるやうなり。聟はきて「ただ、命とこそ申べかりけれ。かかるかたちにて、世中にありてはなにかせんかからりつるさきに顔を一度みえたてまつらで、大かたはかくおそろしき物にりやうられたりける所に参けるあやまちなりとかこちければ、しうといとおしと思て、「此かはりには我持たる宝をたてまつらんといひてたくかしきければ、うれしくてありける+「これは、いかにいらへつるぞ」と言へば、「心にもあらで、いらへつるなり」と言ふ。鬼の言ふやう、「この家の女(むすめ)は、わが領じて三年になりぬるを、なんぢ、いかに思ひてかくはかよふぞ」と言ふ。「る御こととも知らで、かよひつるなり。ただ、御助け候へ」と言へば、鬼、「いといとにくきことなり。一言(ひとこと)し帰らん。なんぢ、命と形(かたち)と、いづれか惜しき」といふ。聟、がいらふべき」と言ふに、舅(しうと)・姑(しうとめ)、「何ぞの御形ぞ。命だにおはせば。ただ、『形を』とのたまへ」と言へば、教へのごとく言ふに、鬼「さらば、吸ふ吸ふ」と言ふ時に、聟、顔をかかへて、「あらあら」と言ひて伏しまろぶ。鬼はあよび帰りぬ。 
 + 
 +さて、「顔はいかがなりたる。ん」とて、指燭(しそく)をさして人々れば、目鼻一つ所にりすたるやうなり。聟はきて「ただ、命とこそ申べかりけれ。かかる形にて世の中にありては、何かせん。かからざりつる先に、顔を一度見え奉らで、おほかたはかく恐しき物に領ぜられたりける所に参りける。誤なり」とかこちければ、舅、「いとほし」と思ひて、「この代りは、わが持たる宝を奉らん」と言ひて、めでたくかしづきければ、嬉しくてぞありける。「所の悪しきか」とて、別(べち)によき家を造りて住ませければ、いみじくてぞありける。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  昔はくちの子の年わかきか目鼻一所にとりよせたるやうにて 
 +  世の人にも似ぬありけりふたりのおやこれはいかにして世にあらせん 
 +  すると思てありける処に長者の家にかしつく女のありけるか/下19ウy292 
 + 
 +  かほよからん聟とらむと母のもとめけるをつたへききてあめの下の 
 +  かほよしといふ人聟にならんとの給といひけれは長者悦て 
 +  聟にとらんとて日をとりて契てけりその夜になりて装束 
 +  なと人にかりて月はあかかりけれとかほみえぬやうにもてなし 
 +  てはくちともあつまりてありけれは人々しくおほえて心にくく 
 +  おもふさてよるよるいくに昼ゐるへきほとになりぬいかかせんと 
 +  思めくらしてはくち一人長者の家の天井に上りてふたり 
 +  ねたるうへの天井をひしひしとふみならしていかめしくおそろし 
 +  けなるこゑにてあめのしたのかほよしとよふ家のうちのものとも 
 +  いかなる事そとききまとふ聟いみしくおちてをのれをこそ 
 +  世の人天のしたのかほよしといふときけいかなる事ならんといふに 
 +  三度まてよへはいらへつこれはいかにいらへつるそといへは心にもあら 
 +  ていらへつるなりといふ鬼のいふやう此家のむすめはわか領/下20オy293 
 + 
 +  して三年になりぬるを汝いかにおもひてかくはかよふそといふ 
 +  さる御事ともしらてかよひつるなりたた御たすけ候へといへは鬼 
 +  いといとにくき事なり一ことして帰らん汝命とかたちといつれか 
 +  おしきといふ聟いかかいらうへきといふにしうとしうとめなにその 
 +  御かたちそ命たにおはせはたたかたちをとの給へといへはをしへの 
 +  ことくいふに鬼さらはすふすふといふ時に聟顔をかかへてあらあらと 
 +  いひてふしまろふ鬼はあよひ帰ぬさてかほはいかか成たるみんとて 
 +  指燭をさして人々みれは目はなひとつ所にとりすへたるやう 
 +  なり聟はなきてたた命とこそ申へかりけれかかるかたちにて 
 +  世中にありてはなにかせんかからりつるさきに顔を一度みえ 
 +  たてまつら大かたはかくおそろしき物にりやうられたりける所に 
 +  参けるあやまちなりとかこちけれしうといとおしと思て此 
 +  かはりには我持たる宝をたてまつらんといひてめたくかし/下20ウy294 
 + 
 +  つきけれうれしくてありける所のあしきかとてへちに 
 +  よき家をつくりてすませけれはいみしくてそありける/下21オy295
  
-「所のあしきか」とて、べちによき家をつくりてすませければ、いみじくてぞありける。 
text/yomeiuji/uji113.txt · 最終更新: 2019/02/24 11:57 by Satoshi Nakagawa